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原初のキス

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2019年 02月 09日

外部

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具象であれ抽象であれ絵画は常に絵の外にも存在する何かの一部を描いている。なぜなら世界の全体は描けないからだ。このことは頭ではわかっているのだが画面に向かっているとしばしば忘れる。今目に見えているイメージと自分がやっていることと、次の打ち手などに感覚や意識が過集中になっていくためである。

しかしこれは別に絵に限ったことではない。人は自分の行為や感覚に対しかなりの時間過集中ではないか。
今見えていないものも含めて全体視することは一般的に言って人間の性というか習慣に反する。絵を描いている時はだから、この画面の外にある世界とも自分がつながっているように、これは何かの一部なのだとしばしば思い出す必要がある。そして芸術やスポーツなどは、最も純粋な形でこの全体視に関わるものなのだ。



by zelan | 2019-02-09 21:54 | 絵画
2010年 05月 02日

2010年5月2日 内と外

JR渋谷駅の近くを歩いていたら、向こうから来た若い女性にすれちがいざまがつんと肩がぶつかった。
どっちもどっちなのだがちょっと反省、というか振り返りをしたのは、自分がからだの周りの空間に対しあまり感覚を使っていないということである。別の言い方をすれば内的感覚(からだ、感情、思考)に過集中している、ということ。そういえばしばらく前にレストランで知人と食事をしていたら、手を動かしたとたんにワイングラスをひっくり返して相手のワイシャツがびしょぬれになったこともあったっけ。

だから何かの折にこれではいけない、と思い、ふと音や色、匂いなどに注意を向けて1分もたつと、その注意を向けるものが何であれ、少なくとも直接不快を感じるようなものでなければ、たとえようもなく清らかな静けさに満たされ、官能にうちふるえる、みたいな状況になることがままあるのである。ものを創ったりするのが好きなのも、それが外にあるものを感じるという単純にそういう側面もある行為だから。

それにしても不思議なのはPCで仕事していたり文を書いていてそれを見たりしているとき、その肉体感覚はなぜか、ほぼ純粋に内的感覚を追っているのに近い。少なくとも自分は、そう感じる。

by zelan | 2010-05-02 00:04