人気ブログランキング |

原初のキス

zelan.exblog.jp
ブログトップ

タグ:美術 ( 26 ) タグの人気記事


2019年 05月 29日

リテラシー

美術作品が、いわゆるところの誰の目にも明らかに「美しく」なければならないかと言えばそれはそんなことはないのであって、ただひたすら「ほんとう」であることの方がより必須の条件である。でも、美しい方がわかりやすいという向きもあることは事実だ。ほんとうかどうかを見極める方が、100倍くらい訓練がいる。


by zelan | 2019-05-29 20:41 | 美術について
2019年 02月 20日

パンをやらんとして犬にかまれるの巻~美術と予測


c0207661_22231066.jpg
実家に帰省した際、親の飼っていた老犬にパンをあげようとして口元にもっていったらいきなりガブリとやられ、手から流血したことがあった。
そういえば、子犬を抱いて不用意に別の犬の前を横切り後ろから腿を思い切り噛まれたこともある。この時は10 センチ ぐらいのあざになった。犬たちは本能で反応しているので要は自分が悪い。こういう行動をとればどういう結果になりうるかというヒヤリハット予測が決定的に欠如していたのだ。

翻って美術とはかなりの処、このヒヤリハットで成り立っている。この色とあの色を混ぜたら濁るとかこの支持体に対してはどういう下処理をしておかなければ後で困るとか、目指す表現を得るその何層も何層も前の段階から、ヒヤリハットは至極重要そういう意味では、次第次第にでも「注意深さ」といった性質が醸成されてくる訳で、ここでもやはり美術(芸術と一般化してもよい)は見るだけでなく行うのがトクだ、という結論に、自分は至るのである。


by zelan | 2019-02-20 22:35 | 美術について
2019年 02月 17日

思いつき

c0207661_14252153.jpeg
思いつきというものは歓迎すべきものだ。大抵の思いつきには、速度と必然性がある。いじりまわされる前の状態の思いつきは、寿司とか採れたての野菜のように、美味しいことが多い。


by zelan | 2019-02-17 14:25
2019年 02月 01日

おじさんのズボンの膝裏のしわが美しい

c0207661_20443020.jpeg
夕方電車で座っていて、目の前に立っていたおじさんのズボンの膝の裏側についたしわに目がいく。ベージュの張りのある生地で、その部分だけかなりしわしわになっているのだが、菱形が入り組んだようなそのしわの具合が夕刻の弱まった斜めの光の中でひっそりと際立ち、えらく美しいのであった。

世の人皆美術をしていたらおもしろいことが増えるのぢゃないかしら・・と思うのはこういう時。もちろんそんな世の中、訪れるはずもない。


by zelan | 2019-02-01 20:44 | 美について
2015年 04月 12日

おもしろいこと

美しいって何なのか、というのが自分にとって正直一番真剣におもしろいと思える問いだ。美を愛で、美を創り、うつくしく生きることほどおもしろいことはないように思える。

by zelan | 2015-04-12 23:37
2013年 09月 05日

芸術

芸術上の熟練というのが何なのかもし定義するならばそれは、リスクの取り方がうまくなる、リスクを(ちょっと矛盾ぽく聞こえる言い方だけど)より安全に取れるようになる、ってことなんだろうなあ・・。
即ち結局リスクというものはいつまでもどこまでも、取り続けないといけない。なぜならばリスクを取っていないところには芸術もないからだ。

ということを言うと大変にエラそうだが、認識は手(実際に創ったりすること)の先を行くからしょうがない。だからこそ認識の存在する意味があるのである。

by zelan | 2013-09-05 23:26
2012年 10月 12日

美術

美術というもの自体が、ある種の道具なのだろう。でもそれが道具だとすれば、一体何を実現するための、道具なのか(答えがひとつではないにしても)。

美術とか作品とかはしばしば目的化する。しかし道具ではなく目的と化した場合に得られるものは、大抵の場合小さい。

by zelan | 2012-10-12 23:05
2012年 03月 28日

言い忘れたこと

制作について知人と電話でひとしきり話をして、切ったあとにほどなくしてまたかかってきて、一つ大事なことを言い忘れた、と言う。
人が尊敬するのはまじめな人ではなくて勇気のある人だよ、というのが、その言葉だった。

by zelan | 2012-03-28 23:59
2011年 11月 07日

掃除と美術

部屋を掃除することと美術の何が一番違うかと言えば、掃除ならもっときれいにしようと思っていても何の問題もなくむしろ益になるばかりだが、美術においてきれいにしようと思ったら、必ずやその作品のおおもとのありうべき可能性よりも、醜くなるということ。

by zelan | 2011-11-07 20:23
2011年 10月 05日

おおきくふたつに

知人との間でなにかにつけ「おおきくふたつに分けると・・」という前置きがはやっていたことがあった。
そういう風に言えば美術作品も、ある視点を取ればおおきくふたつに分けられる。
それは、「まねされるもの」(今されているかどうかはともかく、される質を有しているもの、すなわち、「原型」的なもの)、と「まねしているもの」(過去の作品を多かれ少なかれ反復・複製しているもの)、である。

細かくはこのふたつには微妙なグラデーションがあり、いわゆるグレーエリアとか混合領域はあるけどさ。でもそこまで言うと、せっかく「おおきくふたつに」分ける意味がない。

by zelan | 2011-10-05 02:14