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原初のキス

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2010年 09月 28日

真実

何かを隠そうとすると、むしろ必ずや真実が露呈する、という言葉を思いつく。
しかしながらそのようにして現われる真実は、間接的にではなく直接的に現われ表現される真実よりも、ずっと醜いのではないか。

真実に美醜があればの、話だが。

by zelan | 2010-09-28 00:26
2010年 03月 23日

2010年3月23日 起点(その2)

自分がものを創るときに求めてるものって、意外と単に「正確さ」ってことだけなのかもしれないなあ、とときどき思う。何に対しての正確さかは、わからないけど。
それは少なくとも何か既に存在し、理解され明示されているような規範にきりきりと合わせていく、近づいていくというような縮こまった運動性ではなくて、まだ知らない未知の規範に跳躍していくような・・。

おそらくは、世の真実、しかもまだ自分の知らない真実について、正確であろうとしているのだ。

by zelan | 2010-03-23 00:04
2010年 03月 06日

2010年3月6日 感覚

見ることを大量に減らさないと、読むこと、書くこと、語ることもまたものすごく減らさないと、創るための十分な時間は得られない。
この断言がハズレとなる現実のありようなんて100万通りもあるけれど、料理していてあ、今塩はこれ以上いれちゃだめ!とふと確信するとき、たいていの場合いい塩加減になっているように、瞬間瞬間存在する真実について、人間の感覚はそれなりに信用できる精度を持っている、と確信することにする。

by zelan | 2010-03-06 01:20
2010年 02月 16日

2010年2月16日 学者には向かない性格

何かに触れたり、見聞きしたり取り組んだりして、自分がそのエッセンスを感じ取った、理解したと思ったら、その認識の正しさについて更に証拠や実例を集めるなんて、かったるくてやってられない。
たとえ他人によりうまく説明できれば自分にトクがあるとしても。
こういう人間はまったくもって学者には向かないと自認。などと言うと学者の方に怒られそうだが。

いつも、真実というものは自分のすぐそばにあるのだと感じている。
まるで着ている服のように、それは肌に接するようにありながら、私と一体には、ならない。
常に認識の「対象」として、とどまり続けているのだ。自分がそれを「見る」とき、それは私から、わかれる。

by zelan | 2010-02-16 00:08
2009年 10月 28日

2009年10月28日 ものすごく落ちている

いつかの冬、日比谷のペニンシュラだったかで知人とお茶をしていて、
帰り際に彼がコートのボタンがないのに気づき、テーブルの下を探した。
ほどなくして、「あった!」と言うのでよかったーと思ったら、
「・・・でもこんなに小さくなってる・・・」と見せてくれたボタンはなくした
ものの1/3くらいの大きさだった。要はそのボタンではなかったのである。
その後ホテルを出て探しながら来た道を歩いた。するとたった100メートル
ぐらいの間に3コもボタンを発見した。落としたボタンは結局なかった。

そんなことが世の真実(少なくとも日比谷近辺の)であることを知っている
人は1億2千万人の内3人くらいかもしれないけれど、ほんと道には
ボタンがすっごくたくさん落ちている!

by zelan | 2009-10-28 00:25