原初のキス

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2018年 12月 07日

甘いマスク

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昨日たまたまテレビを見ていたら出てきた、「甘いマスク」という言葉が気になってしょうがないのである。
これもまた有閑マダムよろしく少々死語化しているが、いつ頃言われ始めたのか、最初に誰が言ったのか、なぜ男性にしか使わないのか(特にこれ、不思議・・・)。なんで「マスク」という普段あまり使わない単語が突然登場するのか、等々多々の疑問が生ずる。

昨今、ネットで調べたら一発で答えが明らかになっちゃったりするものだが、そういうことばっかやってると思考能力が劣化しそうで少し嫌だ。とはいえ、例えば絵の研鑽をする上で本件について真剣に仮説を組み立てることが役立つとも思えないので、ナゾだなあ・・・と思うにとどめておこう。

ちなみに甘いマスクというと反射的に若かりし頃の「アラン・ドロン」が思い浮かぶ私も大変に昭和的である。



by zelan | 2018-12-07 10:45
2011年 07月 18日

昭和の語感

渋谷の東急本店の前を通りかかったら、大きな垂れ幕に「夏の総決算」と書いてあった。
要はセールをしてますよ、ということだが、「総決算」て随分昭和な語感だ。
古臭いと言えばそれまでだけど、最初にネーミングした人はかなりクリエイティブだったはず。消費者が日常生活で使う言葉でなく、会社で使われる言葉なのだもの。

そう言えば近所の東急ストアでは、時々壁に「ママ大学」の告知が貼ってある。料理研究家などが「簡単料理」の紹介をしたりする講演会形式のセミナーで、1975年からやっているとのこと。「ママ大学」ってなんだか少々差別的な響きがあるなあ。でもそれも今となってはほほえましくおもしろく、東急さんのレトロな言葉づかいには、ときどきかなりぐっとくる。

by zelan | 2011-07-18 21:24
2011年 03月 29日

レーズンバター

世の中が大変な中、脳細胞の働きは色々な方向に行くこともあり、どうしてかはどうしてもわからないけれど高校生位の頃に自分が結構レーズンバターという存在を好んでいたのを思いだす。
当時も今もさほど酒が強い訳ではないが、当然つまみにしていたのだ。
親は私が少々の煙草を喫ったり(今は喫わない)、酒を飲んだり、住んでいた所の土地柄なのか何も危ないことはなかったけれど男の子を平気で部屋に入れたりするとむしろ喜んでいた。

もとい、レーズンバターに関するWikipediaの記述はえらく簡単で、これが作ろうと思えば自分でも作れるものなのがわかる(多分)。

「レーズンバター(raisin butter)はバターにレーズンを練り込んだ洋菓子。卵白と砂糖を加え泡立てたバターと、ラム酒やブランデーに漬けたレーズンを練り合わせて作る。クッキーや薄切りにしたパンに挟み、バターサンドとして食す他、酒のつまみ、特に洋酒のつまみにされる。
なお、ドイツ近辺を起源として、葬式用の菓子として使われることもある。」

唐突に葬式用の菓子というのが衝撃だ。日本で言えば精進料理のようなものなのか。
最近スーパーで売っているのを見たこともない気がするけれど、意識の点で完全に「眼中にない」状態だったからかもしれない。好きだっただけあって結構おいしかった気がする。単なるバターでなく「卵白と砂糖を加え泡立てた」バターなのがきもなのかも。溶けるので氷の上に置いて食べていた。

なぜか昭和な感じの記憶だが、北陸の片隅でも人が集まるときに「パンチ」を作ったり(大きくて丸いガラスの器になんだか紅いしゅわしゅわする液体と切ったフルーツをたくさん入れて、器の周りには金具で銘々が飲むための小さいグラスをひっかけた・・・「銘々」というのもなんだか昭和な表現だ)、「昭和」と「外国」というものはかなりニアミスしている感じなのであった。当時自分も含め家族の中には外国どころか飛行機に乗ったことがある人もひとりもおらず、自分の町で外国の人などを見かけたりしたら、1年くらいは風貌まで忘れないほど超ドメスティックな場所及び時代だったけれど。

話はあっちこっち飛ぶけれども、「バター」という存在に好感を持ってきた自分に気づく。昔つきあっていた人に「料理のすべてにバターの味がする。」と言われたこともあるし。知人から「パンが好きだなあ。」ともよく言われていて、もしかしたら、パンでなくてバターが、好きなのかもしれない。

自分にとって、バターが象徴するものは何なんだろう。仮に卵白なんかが混じっていたりしてもたくさん食べられるものではないし、完全には「健全」な感じがする食べ物でもないが、一方塩などと同様、少しならああいう脂質はむしろ絶対に必要なんだろう。生命体から取得されて(取得させてもらって)プロセスして食す、ということにも何か「意味」があるような気がするのである。

by zelan | 2011-03-29 17:44
2010年 10月 06日

昭和のモビール

昭和の家庭の、特に子供部屋には「モビール」という存在が窓際などにまま飾られていたものと勝手に想像している(うちはそうだった)。風鈴と並んで「自然」を堪能するこの装置は、今やまったく時代遅れのものとなってしまったのかもしれないが。

モビールは芸術表現としては米国の彫刻家のアレクサンダー・カルダーが1930年代に創ったのが始めらしい。いずれにせよモビールも風鈴も、これらにとってかわったのはDVDやネットではないかと自分は思う。風などの自然の動きを感じるより、人は人の創ったもので楽しむことを生活の中心とするように、少なくも多くの時間をそれに費やすように、なったのだ。

自分の部屋の窓のまん前に東京都の保存樹に指定されている桜の木の枝が張りだしている。幸運なことだけれど、別に改めてそれを見るまでもなく、今も木の葉が一瞬たりとも動いていないときは、ない。

by zelan | 2010-10-06 00:11
2010年 09月 17日

ホームバーの怪

オリーブの実をくりぬいて、赤ピーマンを詰めたスタッフド・オリーブが長っぽそい瓶に入って子供の頃の応接間の飾り棚に酒類と共に入っていた(今だったら応接間でなく台所にありそう。飾りだったのかしらん)。
なぜかそのいでたちに、「生命体のなれのはて」を感じた私にとって、それはホラーなたべものだった。知人にもそういう人がいたので、昭和の頃のホームバーグッズに関してはありがちな誤解だったのかもしれない。

by zelan | 2010-09-17 19:30
2010年 09月 02日

牛乳と醤油の昭和

年が知れるというものだが、子供の頃玄関脇に据えつけた小さな木製のおうち?のような格好のものの中に毎日牛乳が配達される、という形態のビジネスがあった。(おうちには「雪印」とかも書いてあったように記憶。)
また、夕方頃近所の人が「醤油」を借りに来たり、ということもあった気がする。

今年程暑い夏でないにしても昼頃までガラスの瓶に入った牛乳をほおっておいたら悪くなりそうなので、朝早い内にきちっととりこんでいたのだろう。そういう正確な生活パターンだったのだ。また、近所の人々とは一種コミュニティを形成しており、物品を借りたり貸したりということが自然に成立していたのである。

白と黒の液体二種によって、「昭和」がすごく遠くなったのを感じる次第。

by zelan | 2010-09-02 23:37
2010年 04月 12日

2010年4月12日 鳥たち

4月10日にてBunkamura Gallery +での展示終了。ご来訪頂いた方々に心より感謝致します。

通常のブログUp再開。
世の中消える商売消えない商売があるのに気づいた。子供の頃、ときたま「小鳥店」というものを見かけた気がするが、あれはどこにいったんだろう。今や動物を売るのはペットショップや爬虫類やさんになってしまって小鳥だけ専門に売っている店は見なくなった(まだどこかにはあるかもしれないけど)。そばを通ると乾いた藁のような独特な匂いがして、籠が道にはみ出すように縦横に積まれ、ぴゃーぴゃーステレオで鳴き声がしていた。
昭和の住宅事情とかが関係していたのか、自分の家でも友達の家でも、結構文鳥やらセキセイインコやらジュウシマツやら飼っていた。

ところで芸術は意外にも?未だかつて消えたことのない商売。

by zelan | 2010-04-12 21:43
2010年 02月 18日

2010年2月18日 昭和のフロッタージュ

フロッタージュというのは表面が凹凸したものに紙を乗せて、鉛筆などでこすると面白い跡ができるというものだが、子供の頃定番の遊びの一つだった。
自分だけやっていたのかと思ったら昨日話した知人もしょっちゅうやったというので、昭和の子供の文化的遊びとしてそれなりの地位があったのだろう。
あと、紙にみかんの汁で字を書いてストーブであぶって浮かび上がらせたり、丸い紙にうずまき状の切れ目を入れ、中心に糸を通してやはりストーブの上にかざし、ぐるぐるまわるのを見て喜んだりもしてたっけ。

フロッタージュだが、憶測だけれど最近の子供はあまりやらないのではないかしらん。
自分がこすっていたのは、畳、縁側の木、塗り壁、ヘルスメーターの表面(滑り止めなのか、2、3ミリのくぼみがびっしり規則的についていた)などなどだったが、今の家の中ってそれほどバリエーションのあるマチエールを持った物品自体がすごく減っているから。
どちらかといえば均質な風合いの中に生きていると、その微妙な差に敏感になるというよりむしろ、ディテールというものに鈍感になっていくような気がする。

by zelan | 2010-02-18 00:31