原初のキス

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2018年 09月 29日

ZINE「或る女性 A Certain Woman」ブックフェア出展

東京目黒のZINE(少部数自主制作本/雑誌)専門書店MOUNT ZINEの仲介にて、サンフランシスコで9月に開催されたブックフェア「SF Zine Fest 2018」に出品しました。

モナリザをテーマとする新旧コラージュ及びミクストメディア作品図像と共に、本ブログより改版・追記したエッセイを収録しています。

タイトル:「或る女性 A Certain Woman」
判型A4、図像15点、エッセイ7編入り約30ページ
言語:日英バイリンガル
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限定エディション ジクレーミニプリント(デジタル版画)付にて、11月の個展の時期に発行の予定です。

是蘭個展:
「或る女性」 11月8日(木)~ 10日(土) Gallery Art Pointにて


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by zelan | 2018-09-29 17:43
2018年 09月 09日

美しければ、機を逃さずにそこで止める

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ものを創っている時は、タイトルに書いたように「美しければ、機を逃さずにそこで止める」ってことが至極重要だ。
それは途中であっても完成させる直前でも同じ。でも、「サービス(いわゆる「味」とか、場合により「マチエール(質感)」など)が足りないのでは」とか、「ちょっと乱れているかしら、整えよう・・」とか思ってあれこれやっていると、表現にどんどん夾雑物が増えていく。

そういう意味では美術は武道に似ていて、余計なことをしていると容易に斬られて(負けて=質が保てなくなって)しまうのである。

なんだってそうかもしれないが。

(図像 是蘭 「Awakening」 2018)

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by zelan | 2018-09-09 23:47
2018年 02月 09日

欠けたものの力

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「心理的であれ物質的であれ、欠けているものを埋めようとすることに、我々は血道をあげる。
欠落というのは、まさにそこに存在していないがゆえに、あらゆるものの内でも最も強いエネルギーを有するもののひとつだ。アートの表現で、饒舌という方向に自分が魅力を感じないのはそのせいもある。」

と2010年にこのブログで書いたことがあるが、この考えは今も変わっていなくて、何かが欠けていて、その欠けていること自体が作品の質を主にレバレッジしている、そういうものを自分は興味深いと感じるし、自分の好きな方向性での高品質な制作物というものは、大概そういう性質を有している。そこには意識的無意識的に、何かを完全に捨象するか、あるいは存在しているのだけれど隠ぺいして、見る者に容易に知覚・理解させない、という戦略が絡んでいるような気がする。絵画史上最も有名なかの女性の表情などは、その例かもしれない。

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by zelan | 2018-02-09 10:57
2018年 01月 30日

「ヘン」について

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知人とギャラリーに展示を見に行った時、その展示がたまたまいたくお気に召さなかったその人が、「真っ白けの場所に、ヘンなもの置きさえすれば現代アート」と苛立たし気に言うので大いにウケた(真っ白けとはいわゆるホワイトキューブと呼ばれるが、壁も天井も白いコンテンポラリーの典型的展示空間)。
もしかしたら気に入る気に入らないとは別に、一部そういう側面は否定できない。ヘン=常とはズレている=よって感覚に刺激がある、というのは、芸術の十分条件ではないものの必要条件だからだ。そのヘンさ加減があからさまであざとかろうと、非常に巧妙に上品に表面から沈潜せしめられていようとも。

ヘンに関し、それが如何に強力なものであるか、モナリザについて妄想してみよう。古風な服装をH&Mで買った普通の服にして髪型も青山のヘアサロンでゆるふわセミロング前髪ありにしても、あの表情で道を歩いてるところに遭遇したら私ならすぐさま逃げます!

(図像:是蘭「虚数の恋」2009)

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by zelan | 2018-01-30 00:19
2009年 12月 11日

2009年12月11日 徐々に似る

自慢に思われたくないが(仮に自慢だとしてもかなりビミョーだが)、私はモナリザに似ていると言われることがある。
髪の毛がだらんと長くて目が二重な以外は、痩せているし全然似てないと思うのだけど。
先日も、脳機能について造詣の深いさる方と会食中に、彼がそう言うのである。ただし、知り合ったのは数カ月前だが、その日初めて思ったそうで、ブログの記事を読んだのかと思ったらそうではなかった。
「連作を創っているので、今部屋に20人位いますけど、モナリザ」と言うと、それだ!ということになった。
いつも見ているものは脳の働きのせいで似てくるそうだ。そう言えばうちの犬(チワワ、12歳)は、よく私に似ていると言われるが、そうすると間接的には彼女もモナリザ似ということになる。本人(犬)にはそんなことより今餌いれがカラになっていることの方が気になるみたいだが。

だから憧れの芸能人がいたら、壁にポスターを貼っているとすごく時間はかかるが徐々に似てくると彼は力説する。人間水分の比重が高いので可塑性があるとか。

以前の同僚に目がかわいい感じで垂れている人がいて、彼女が常日頃、ほんとは猫みたいな目になりたいんです私、と言うのを聞くと、つり目になる前にまずまっすぐになる必要があるのでないかと内心思っていたのを思い出した。

でも、水分だけで上がるかなあ、目。
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by zelan | 2009-12-11 00:45
2009年 12月 06日

2009年12月6日 カレーとコンバイン

友達が、銀座ソニービルのパブ・カーディナルでビーフカレーを食べていて、「天かすが合いそうなんだよなー」とつぶやいた。
確かに、大き目の肉がごろごろ入った、デミグラスソースのように黒っぽいルー(おそらく辛いというよりこってりとこくのある)に、つぶつぶかりかりでキツネ色の天かすをのせたら見かけも、歯触りも味も、すごく合いそうだ。

それにしてもそもそも、「合う」ってなんだろう。去年亡くなったアメリカの画家ラウシェンバーグにコンバインペインティングというのがあって、立体にしろ画像にしろ、独立した存在を唐突に組み合わせて表現にする作品群がある。例えば古タイヤや椅子を、抽象的ペインティングや古典絵画からの引用に組み合わせたり。それらはぶつかるとともに不思議に調和し、ある美学的な価値を生み出す。
コンバインてアウフヘーベンみたい。一見相反するものが、高次元における調和した「解答」を提示するのである。

ところでなぜかモナリザには(またもモナリザ、最近モチーフにしているので日に100回くらい彼女の顔を見るのである)、白い楕円形のお皿に入れたカレーライスが合うような気がしてならない。あの格好が食卓でごはんを待っているように見えるからかしら。
そういえばさすがにリアルタイムには知らないが、大昔ボンカレーの宣伝に出ていた松山容子さんて、こころなしモナリザに似ているような気もするな。
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by zelan | 2009-12-06 00:06
2009年 12月 05日

2009年12月5日 悩めるモナリザ

引き続きモナリザについて。
高校のとき英語の本で読んだジョーク。

フロイトのところにモナリザが精神分析に来る。
「毎日たくさんの人に見つめられて、もううんざりですわ!」と彼女が言うと、
フロイトが、「じゃあなぜ笑ってるんです?」 と、聞くというもの。

すごくシンプルだけど、好き。
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by zelan | 2009-12-05 08:24
2009年 12月 04日

2009年12月4日 モナリザの髪型

ふと、あれ、モナリザってなんであの髪型なんだ?と思ったのである。
コラージュの素材として古典絵画をよく見るが、女性は大抵の場合髪を結っていて、おろしている人はめったにいない。

調べてみたらやはり、16世紀において髪をおろしているのは少女か娼婦であったとのこと。モデルと有力視されている豪商の妻があの髪型な訳がない。
案の定というか、近年カナダ国立研究機構というところが3D技術を用いてモナリザを解析し、彼女は元々髪を結っていたが、後日ダ・ヴィンチが描き直した可能性が高いと報告している。  

モナリザはダ・ヴィンチ自身の肖像であるという説も有名だが、幼い彼を残して他家に嫁いだ母親のイメージを投影しているという説もある。彼はこの絵を最晩年まで手元に置いておいたらしいし、理想化されつつも不可解な、少女にして娼婦でもある母の存在を、おろした髪で示しているのかもしれない。

ちなみに前にも書いたが、私にはモナリザは、何かを見透かしているような、やや嘲笑的な表情に見える。
すべてを知ってしまって、上から目線で人をあわれむような、ゆとりのある顔。これをして知人の男性は「性交渉の後の顔」、と言っていた。わからないでもない。

3D技術が解いたモナ・リザの謎
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2118275/931151
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by zelan | 2009-12-04 00:06
2009年 09月 27日

2009年9月20日 モナリザ

このところコラージュにモナリザを使うため、たびたび図版を見て
いるのだが、彼女は、よく言われるように不思議な表情をしている。
ちょっと動物みたいだし、その中には膨大な情報が含まれているので、
見る側の心情や関心で解釈が変わりそうだ。

彼女はすべてを見透かしているような顔をしている。
何か知らないことがある人の顔ではない。
だからなのか、私には、少々憐れみを含んだ「嘲笑」を浮かべている
ように感じられる。

ダ・ヴィンチは手稿に、「すべては連関している」と書いた。
これはキリスト教的というよりむしろ仏教的な認識である。
モナリザの表情も、複雑な因果が運動して、激しく震えているように
見える。

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by zelan | 2009-09-27 13:05