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原初のキス

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2019年 05月 14日

ポピュリズム

昨今、世界的に見ればポピュリズムが台頭してきてヤな感じではあるが、今日ふと、ブッダが「世の中はあべこべである」と言ったことを思い出す。

2600年位前から、「世の大勢」の考え方なり感じ方なりというのは、世界平和的観点から適切なのと不適切なのに大別すれば大抵の場合不適切な方に寄ってしまうのであろう(だって我々は多くの場合利己的で煩悩にまみれているから)。そういう基盤のある上で「操作」しようとすれば、その方面の嗜好なり実行力のある人々にとっては容易なはずで、そうして世の中全体が不適切な方に更に寄って行ってしまうのではないかしら。


by zelan | 2019-05-14 21:41 | 社会について
2019年 04月 03日

バギーでスマホ

自分は絵を描くのでまざまざと実感できるが、人間の感覚的リソースというのは一時にはそんなにマルチな事柄に振り向けられない。何か作業していてふと「この前あの人が言ったあの一言、むかっぱらが立つ~」と脳内焦点が一瞬シフトしただけで、もうこれは100%といっていい位に、ろくなことにはならないのだ。

という訳でこの前バギーに乗った赤ちゃんが真剣な顔でスマホを凝視しているのを見て自分は恐れをなした。
暑いとか寒いとか、空気がいいとか悪いとかの方が赤ちゃんにとっては重要でそれで泣いたり騒いだり笑ったりする方がいいのではないかと思ったからだ。スマホを見ていたら必ずやある種の「感覚遮断」に陥ってしまう・・。
でもスマホだのITだのはとっても便利だし、藤井X段(何段だか知らない・・)なんかが超絶強いのもITによる学びや研究が寄与しているらしい。

なので結局、「ま、ものは使いようよね・・・」という人類が道具を持った時点から既にずーっと変わっていないだろう結論に落ち着くのだが、しかしその、「ものは使いよう」という線を的確に実現するのが一番難しいのであって、ブッダも「中庸とは難しいものである」と言っている(はず、確かにどこかで聞いた気がする)。
自分の感覚では、中庸を極めようとすれば結局、感覚・知力を盛大に使って個々人において経験し、また見極めていくことになる。そういう意味ではここにいる私が今、そしてこれからどうITを使っていくかなど、殆どアートに近い。

そう、アートというのは特別のことでなく、生きることそのものがアートまみれなのだ。だから自分は(特に日本語においては)基本アートという言葉を使わず、制作行動の周りや展示をやったり見たり考えたりといったあたりのことどもについては、極力美術または芸術と言って、誰からも頼まれてないのに一人勝手にアートの領分を狭めているのである。



by zelan | 2019-04-03 21:17 | 社会について
2019年 01月 03日

信じない


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信じるとは明らかに、不確かなものに対する態度である。
なぜなら既に知っていたり、はっきりと理解したことについて、人は信じるという言葉を使わないからだ。
「うちの犬の名前はマロンであると信じる」と言う人はいない。

でも考えてみたらそんなことを言い切ってる自分、めちゃ色んなことを信じている。
例えばメモしておかなければ、重要なことを忘れてしまう、と「信じ」ているので、有害な位にデジタル及びアナログのメモとりまくっている。友達から電話があって、40分後にXX駅の改札ね!と言われてもすぐさまポストイットに時間と駅名をメモし、PCのモニターの上辺に貼ってしまう位、病膏肓に入った状態のメモ魔なのだが、これまでの人生で殆ど(ゼロとは言わないが)、待ち合わせの約束を忘れたことはないのだ。制作のアイデアメモなんかも、いつか創るかも、いつか役に立つかもというもくろみの下、化け猫みたいに9回生まれ変わっても創れきれないくらいたまってる。

メモをとるのを3日間だけでもやめてみようかな・・・コワ。
清水の舞台から飛び降りるような気持ちでそれに取り組めば、もしかしたら新たな超時短人生が開けるかもしれないのに、その可能性をまだ十分に「信じて」いないために、その行動が取れないのである。信じることの弊害は、必ずそれに関わる行動というものが岩盤のように形成されて、容易には変更できないことである。

なんらかの手段により信じているものを書き換える、というのもアリかもしれないが、自分の好みとしては、できることなら「何も信じない」方面に進みたい。
だって何かを「信じる」って、本当に、現実的に、それがないと何もたち行かない位に、必要かなあ?
人間はなんでもすぐに信じちゃうので、その全体を「悪行」と捉え、気づいたらすぐさま信念の断捨離にいそしんだ方が、いいのじゃないかしら。

言うはやすし行うは難しではあるが、請け売りではあるがブッダが容易に「信じる」ことを戒めたことがあったそうである。即ち、

 言い伝えられてきた、評判になっている、お経に書いてある、理屈や常識に合っている、自分の考えや信頼できる人(ブッダ自身も含め)が言っている

ことだからといって、信じてはならない、自分で確かめろと。
私なんかさほど評判には左右されないけれど理屈、自分の考え、尊敬できる人・・のあたりはかなり心許ない。

それにしても、特に初期仏教ってそもそも宗教と言えるのだろうか。これを見ると、宗教だと「信じて」たのが間違いなのかも。


by zelan | 2019-01-03 20:28
2009年 12月 20日

2009年12月20日 理想の恋人

彼は高貴な家柄の出、長身でものすごくハンサム、物事の道理に通じ、言行は完璧に一致、決して動揺せず常に慈しみの心で接してくれ、その上私が迷妄から醒めてより利口になるよう導いてくれる。

どんな人がタイプですか、と女性に聞いてもあまり意味はない、どんな答えであれそれを言っているときの、女性の態度にほんとうの情報がある、と以前の記事に書いたが、男性からたくさんこの質問をされている知人の出版プロデューサーの女性が、とりあえず「ブラピ!」と答えておく、と言っていた。私なら上述の人物、すなわちブッダと言う。

しかしここまで言ったら、男性にはちょっといぢわるな感じがするかしらん。
だいたいこういう人格は恋人というより、相当の努力の上それでも実現の確率はかなり低いが、自分自身の理想形。

by zelan | 2009-12-20 00:06