原初のキス

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2018年 09月 02日

個展案内:「或る女性 A Certain Woman」11月 銀座Gallery Art Pointにて

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2018年 11月8, 9, 10日の3日間、銀座のGallery Art Pointプロデュースにて個展「或る女性 A Certain Woman」を開催致します。
旧作コラージュから新作の絵画、ミクストメディア作品まで30点前後の展示を予定しています。

<展示概要>
会期:
11月8日(木)開廊12時半 閉廊19:30
11月9日(金)開廊12時半 閉廊19:30
11月10日(土)開廊12時半 閉廊17:00
(最終日は閉廊が早めですのでご注意ください。)

会場はGallery Art Point(銀座)、アクセスは以下の通りです。

アクセスマップ:

会期中存廊しております。
お目にかかれますのを楽しみにしています。


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by zelan | 2018-09-02 21:26
2011年 10月 29日

透明ということ

コラージュってシュールレアリスムの技法の一種で意外なイメージをぶつけあわせたりして人をおどかそうとするもの、とか思っている人が多いかもしれないが、別にそれはそれでいいんだけど、コラージュが問題にしているのは実は、何かが透明であったりなかったり、その透明さを通して、何かと何かが層状に重なり、同時に存在しているということだったりするのではないかと思っている。いずれのモチーフもそれが選ばれた限り、そのまわりに本来あったものが「透明」になっているのである。切り取られたからといって、完全になくなってしまった訳ではない。

人間の視覚だって、実は普段そういう風にものを見ているのかもしれないし。人は見たり見なかったりする。自分が見えているものを、見えていないものに平気で重ねてみたりとか。自分の意識で本来同時に存在しえないものを無理やり存在させたり。そういう意味ではコラージュは人間の現実の知覚そのものの似姿なのかもしれない。こう考えると、コラージュってたいそうおもしろく感じられると思うのだけど、どうかしらん。
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by zelan | 2011-10-29 22:34
2010年 09月 15日

左手と足、北川健次展

コラージュを勉強している時、美術家の北川健次氏が、過剰な意識を脇にどけておくために背中から手をまわして後ろ手に素材を置くとか、目を閉じて置くというやり方もある、とおっしゃっていたが、自分は一旦置いた素材を左手でぐっと動かしたり、(行儀は超わるいが)床に置いてつまさきで動かしたりする。人間というのは意識をそれなりに信用し、ていうかそればっかりに依存して生きていたりするものだが、ほんとそれって正しいのか?と思う一瞬。

北川氏の展示を日本橋高島屋に見にいった。まるで「鉱石」か「宝石」のように、存在としての純度の高い事物のもつ、こちらの体軸をしゃきっと立てるような気をそれらの作品は発している。細いガラス管の中に、高い周波数で激しく震える水銀をしこんだオブジェ作品があったか、その水銀のように彼の作品は目の中で動き続けて、美術作品も結局は「運動」なのだということを、思い起こさせる。その自然な、つまり何の規範に照らしてかはわからないが極めて「正確」だと感じさせる運動は、人為だけではおこすべくもないものである。

日本橋高島屋6F美術画廊にて、9/20まで。
北川 健次 展 ~目隠しされたロレンツォ・ロットが語る12の作り話~
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/event3/index.html#event3_11
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by zelan | 2010-09-15 02:24
2010年 07月 05日

2010年7月5日 関係

結局すべては関係性である、ということがコラージュをしているとよくわかる(伝統的な絵画でももちろんそうだろうがコラージュは個々のモチーフが独立しているし、自由に動かしたり、取り替えたりできるのでなおさら)。人間の頭は一般化して考える性質があるので、つまりは現実も、そうだと思うのだ。

ひとりの人間が誰かにとって、もしくはある状況において良い人だったりそうでもなかったりする。その性質は、その人に素質としては内在しているから発現するのだが、その発現するスイッチは、相手や環境とその人との関係が押している。だからかもしれないが、誰かが自分の期待に沿わない動きをしたとしても、すごく実害があるとかでない限り、結構寛容にふるまいたいとは思っている(いつもできるとは限らないけど)。こちらからは面白くない動きでも、別の絵の中ではすごく重要で美しいモチーフかもしれない。
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by zelan | 2010-07-05 00:05
2010年 04月 30日

2010年4月30日 逆バリ、もちろん過度に意図的ではなく

“In golf, the only way to avoid hitting a tree is to aim at it”という言葉を知人から聞いた。ゴルフで、林に突っ込んだボールを木に当てずに出そうと思ったら、避けようとするよりは木を狙った方が当たらない確率が高い、ということとか。

昨日、書に関する本を眺めていたら、まっすぐ線を引くと、かえってまっすぐという「質」が失われる、と理解できる教えが書かれていた。

コラージュなどでも、モチーフの中にあえてウソっぽい要素や不自然な運動性を入れておくと、むしろ全体が「リアル」に見えることがよくある。
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by zelan | 2010-04-30 00:29
2010年 04月 04日

2010年4月4日 是蘭コラージュ展 「まさゆめ」 本日より

先にご案内の通り、本日4/4(日)より4/10(土)まで、渋谷Bunkamura Gallery +(ギャラリー・プラス)にてコラージュ新作の展示を行います。

ご高閲頂けますことを、心よりお待ちしております。

<詳細>
・是蘭 Zelan 新作コラージュ展
  「まさゆめ」 Prophetic Dreams
・会期:2010年 4月4日(日) ~ 4月10日(土)
  10:00 ~ 22:30 (無休 最終日19:00まで) 
・場所:Bunkamura Gallery +(ギャラリー・プラス)

渋谷東急本店横Bunkamuraの1F正面入り口より入りますとインフォメーションデスクがあり、その奥がカフェになっています。
カフェの右手奥の壁面パネルが展示場所です。

当方会期中11:00 - 19:30(最終日19:00)、会場にいる予定です。
皆様にお目にかかれますことを、楽しみにしております。

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by zelan | 2010-04-04 00:12
2010年 03月 11日

2010年3月11日 算数

銅版画家の北川健次氏に制作途中のコラージュの自作を見せつつ、「あの、これから更に素材をばんばん貼っていってですね、あるところは積分、あるところは微分、といふ風に、まとめたり分割したりしつつ複雑さを増していってある時点でバーンとツカみを・・」とか構想を話していたら、「キミね、微分・積分とか高等数学なんていらないの、むしろ算数レベルのとこで、1+1=5ってのをどうやるか、が問題なのよ。」と言われた。
先生、それ算数にしても計算まちがってます。が、もちろん、そういう非合理が生じない限り、1+1は2どころか0以下(=制作物として空間に存在するよりしないほうがいい)にしかならないんですよね。

しかし実際、さまざまな資源を用いて、ほかのものにも使いえた、あるいはカラにしておいてもよかった空間を占有するモノを創るという意味において、「ないよりもあった方がいい」作品にする、というのは、決して低いハードルではないと思う。
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by zelan | 2010-03-11 00:19
2010年 02月 25日

2010年2月25日 焦点

コラージュの素材を動かしているときなど、眼の焦点がぱしっとあう感じがするところがある。イメージの強度というよりこれは素材間の運動性や位置関係が「リアル」になったとき。別の言い方をすれば構図が決まったとき。構図ってなんなのか、アートと商業美術って一番違うのは構図だと思うけど。絵画と写真もそう。

美術家の北川健次氏に、構図の理解を深めたい、というようなことを言ったら、それよりも人間の視覚の原理をよく理解した方がいい、と言われた。平面上のイメージを目がどう追うかというのは、結構生理に基づいている。左上から右、左とジグザグに動いたり、もちろん目立つものに意識を焦点化するとか、そもそもその目立つモチーフは何によって目立たせられているのかということもある。

構図と言っても、平面美術において他から切り離されて独立に存在しうる要素の一つという訳でなく、絵画という「森羅万象」を含んだ現象の、ほんの一部を言い表したものにすぎない。
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by zelan | 2010-02-25 00:09
2010年 02月 24日

2010年2月24日 コラージュ知名度マップ

コラージュというものが何かを知っている人は、日本では意外にも、非常に少ない。相当数たまってきた個人的データによれば、それを正確に知る人は男女含めて100人にひとりいるかいないかだ。

特に日本人男性で直接美術に関係しない職業の人たちにおける知名度ははなはだしく低い。知っている人に会って驚いたら、ご実家が画商だったことがある。男性に比べると女性の方が知っている人が若干多い。
ところで、たまたまヨーロッパ人と接触を持つことが多いのだが、未だかつてコラージュを知らない人に会ったことがない。100人いたらほぼ全員知っている。屏風って何なのかを知らない日本人がいないように。

コラージュの知名度マップを作ったらおもしろいかもしれない。
コラージュを知っている、知っていないは、おそらく、文化的な何かと連動している指標である。今、中国と日本、あるいはシンガポールでは、どちらがコラージュの知名度が高いのだろう。

もちろん嫌味で言ってるのではないので、念のため。コラージュを知らない人にその話をするのは、楽しい。頭のいい人なら、それはビジネスでもプライベートでも、普段から結構やっていることですね、とわかる。

それに、自分自身がほんとうにコラージュを理解しているのか否かというのは、常に気にかけていて損はない質問。あるいは理解というものは、何か究極の状態を目指すものではなく、常にその地平を切り拓くものなのだ(おおげさ・・?)。
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by zelan | 2010-02-24 00:01
2010年 02月 14日

2010年2月15日 耳の中

メールなどには基本即レス傾向なので、一日でもつかまらないと死んだと思われ、たびたび色んな知人から、すんでのところでマンションにのりこまれそうになる。ありがたいことである。

夜、綿棒の頭が取れて耳の中に残ってしまったときですら救急病院に電話したほど臆病なので、かえって大丈夫。
そういえばそのとき電話で話した耳鼻科医は、綿棒は滅菌されてるから1週間入ってても問題ないと言っていた。
芋づる式に思い出したもっとキテレツな話。その話を別のお医者さんにしていたら、彼の母親が「なんだか耳がごそごそする・・・」と言うので診てあげたところ、乾いて固くなったしわしわの丸いものが出てきたとか。それを見た母親は「あー、そう言えば小学校のとき、一緒に遊んでた子に耳に小豆を一粒、入れられたんだったわ」と。彼女は当時80歳を超えていた。

ところで「即レスってヒマだと思われるからやめたら」と親切な人が言ってくれたことがあるけれど、別にヒマではないしそう思われてもいいからやめない。
ヒマでない理由は多々あるが、4月に渋谷のBunkamuraでコラージュ作品を展示する予定なので制作やその他の準備などがある。近くなりましたらまたご案内します。ご高覧頂けましたら幸いです。
会期予定: 2010年4月4日(日)~10日(土) Bunkamura Gallery + (キャラリー・プラス)

行方不明の顛末についての知人のブログ:
「凪の風鈴」 (大原麗子シンドローム)
http://miltlumi.exblog.jp/i7
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by zelan | 2010-02-14 19:44