原初のキス

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タグ:ゲルハルト・リヒター ( 11 ) タグの人気記事


2018年 03月 06日

内心絶叫

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絵はどんなしっかりした心持ちで描いていても途中で汚くなることがある。しかしそこであきらめるのでなければ、汚くなること自体は何の問題でもなく、むしろその過程ができた時にいい作用を及ぼしていることが多い。それを納得するのに10年かかった。
納得とは言うけれども自分の全身が本当に納得しきっているかどうかは、はなはだあやしい。何かの打ち手をとって、それが意に反して一応いい感じに推移していた画面に一見致命的な混乱状況をもたらした時、相変わらず頭の中で瞬間的に、あに点々をふったような大絶叫が巻き起こるからである。

でも制作中のリヒターのビデオを見てたら、「うー、あそこで青を塗ったのがまちがった~!」的なことを言っていたので、この現象は永遠に消えることはないのかもしれない。

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by zelan | 2018-03-06 11:29
2013年 02月 25日

リヒターの言葉ふたたび

Picturing things, taking a view, is what makes us human.

というゲルハルト・リヒターの言葉を先にこのブログで引用した。絵を描く、あるものの見方を取るというのが人を人たらしめる、というようなことだと思うが、考えてみたらこのふたつ、密接に関連しているものとして、リヒターは提示しているのだろう。もちろんひとつの文として表しているのだから当たり前のことなのだけれど、最初にこの文を目にしたときは、引用する位だからすごくいいなあ、とは思ったけれども、Picturing things と、taking a view の間の関連については明確には、少なくともちゃんと言語化して認識してはいなかった。

人って改めてものごとを見ると新しい発見があったりする。その機構自体、自分には興味深いものに思える。
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by zelan | 2013-02-25 23:46
2013年 01月 12日

ゲルハルト・リヒターの言葉

Picturing things, taking a view, is what makes us human.

といのは、ゲルハルト・リヒターの言葉。
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by zelan | 2013-01-12 00:13
2013年 01月 07日

圧倒

それにしてもゲルハルト・リヒターのサイト、圧倒される。超多作、そのクオリティ。この二つには関係があるんだろう。いわば科学実験のように絵画を制作しているし、自らがまるで芸術創造装置のようだ。

リヒターのオフィシャル・サイト:
http://www.gerhard-richter.com/
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by zelan | 2013-01-07 00:43
2012年 07月 01日

品格

ゲルハルト・リヒターがなぜ好きかと言えば、彼自身及び彼の作品がすばらしくまっとうで品格があるからで、彼の言うようにまさに「芸術は人間の持つ希望の最高の形態」であることが、見ればはっきりとわかるからだ。自分は美術史家でも批評家でもないから、こういう言い方をあえてする。

例えばブラザーズ・クエイの「ベンヤメンタ学園」だって極めて精緻に感覚・思考を刺激する芸術作品だとは思うけれども、でも結局のところかなりビョーキの人がほかにどうしようもなく表現している、という風に、おおかれすくなかれ作品としては見える訳である。

ところででは、リヒターだったら、自分自身について、かなりビョーキの人がほかにどうしようもなく表現していると感じないだろうか。感じているよ、ととてつもなく明晰な彼であれば、もしかすると答えるかもしれない。
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by zelan | 2012-07-01 22:07
2011年 11月 07日

どれだけ

ゲルハルト・リヒターのオフィシャルサイトを見ていつも驚くのは、サイトにあげられている作品だけでも、たとえばOverpainted photographsひとつとっても、ど、どれだけやってるんだ、この人、という感じがすることである。
Atlas
は言うまでもなく。
ひとつの構想やプロセスに対してこれだけやっていれば、意識的というより無意識的なレベルで常に気づいていられるレベルになるだろうという、強烈な説得力が、ある。
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by zelan | 2011-11-07 20:06
2011年 09月 25日

めづらしく集めている(その6)

絵画に関するゲルハルト・リヒターのことば。

Each picture has to evolve out of a painterly or visual logic: it has to emerge as if inevitably.
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by zelan | 2011-09-25 21:24
2011年 07月 24日

おわらない

絵画はおわった、あらゆることはやりつくされた、なんて、インテリのたわごとだなあ。今日中目黒のレストランで、ものすごくおいしいごぼうのフリットを食べて思った。

ごぼうを揚げている店なんて星の数ほどあるが、ごぼうの概念、フリットの概念を変える力のあるものは、ごくまれだ。しかしそれにもかかわらず、そういういものは現に存在するし、多分これからも存在し続けるだろう。

リヒターのAbstract Paintingのように。
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by zelan | 2011-07-24 21:26
2011年 05月 21日

とてもよい

Wako Works of Artで見たトゥオンブリーとリヒター。人を驚かそうとかそういう意図が微塵も感じられず、ただ真実というものに沿って、それを探求した結果生まれたかのような、強烈なまでの清らかさ。

という感想が自然に出てくるというのは、企図された驚かしに触れる機会が日常的には多いっていうことなのかしら。もっとも人が新たに「驚いた」ものしか美術の歴史に残りえないことは知っているけれども、人が驚くのは結果であって、それ自体が目的になっているものが歴史に残ったためしはないのではないか、というのが自分の仮説。

「リヒターとトゥオンブリー 新作エディション展」 Wako Works of Art(6月4日まで)
http://www.wako-art.jp/top.php
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by zelan | 2011-05-21 23:16
2011年 04月 08日

空を描く画家は多いが、ゲルハルト・リヒターのように描いた人はいない。
完全な対象として見ながら、それがあまりにも客体化されているがゆえに信じられないような大きな転換が起こって、まるで自分が、空そのものであるかのように思えるのである。見るものと対象が、一体化するかのような、感覚。

ゲルハルト・リヒターの公式サイト
http://www.gerhard-richter.com/
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by zelan | 2011-04-08 22:21