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原初のキス

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タグ:イムレ・トルマン ( 6 ) タグの人気記事


2019年 09月 21日

幻の垂直線

少々忙しくて部屋の中がとっちらかってきた時、自分は全ての物品をできる限り水平か垂直にとりあえず並べるの術、を実行する。
そうすると斜線ばかり目に入るより明らかに落ち着いてくる。

恐らく体軸とかそういうことに関係があるんだろう。
体軸は、重力と対峙/適応したり、身体表現なんかだと体軸と重力は語り合ったりするものではないか、と推測するが、体軸に大きく関わるであろう構造体、例えば背骨に代表させるなら全然「まっすぐ」じゃなく曲がっている。でも体軸っていうのは日頃はすんなりとほぼ真っ直ぐの感じがする訳だ。その幻の垂直線に自分が今見てるものを沿わせると、気分がいいのである。
以前勉強していた小笠原流礼法では、歩きなが方向を変えるときはゆるっとした円を描かず踵を直角に巡らして真四角に曲がる。そういう時もキリッとした心持ちになったっけ。

そういえば、昔アレクサンダーテクニークのレッスンをしてもらっていた舞踏家のイムレ・トルマンというスイスの人が~この人は大野一雄に師事していた~「我々は軸の周りを回っている」と言った。自分の中だけに仮想の垂直線を持っていると感じるより、こちらの方が随分と洗練された感覚であり理解であって、とても美しく感じる言葉である。



by zelan | 2019-09-21 15:43 | アレクサンダー・テクニーク
2011年 06月 13日

動きのいいひと

からだの動きのいい人、というのが気になる。

古くはダンサーのフレッド・アステア、これも古いし、かつ唐突だけど「ゴールデン・ハーフ」(Webで動画を見てそのかっこよさにびっくりした)、舞踏家の土方巽、また自分が個人的に知っている範囲で言えば、同じく舞踏家で大野一雄に師事したスイスのイムレ・トルマン、最近ブログにも書いたノルウェーのパーカショニストのテリエ・イースングセット、などなど。時代もジャンルも様々だが、頭が軽々と上の方で踊っていてまるで子供の頃遊んだホーンスピーカーのような形の息を吹きこむおもちゃでピンポン玉をふわふわさせてるみたい(あー説明が難しい)。

人間に限らず脊椎動物はびっくりしたりこわがったり、つまり緊張すると首を後ろの下の方へ縮めてしまう。
5つ位まではこういうことは必要なときを中心にするだけでからだの使い方はすこぶるいいが、学校に通うようになるとなぜかこういう使い方がかなり常態化し、だんだんとなんだかぎくしゃくした動きになっていってしまうことが多い。つまり動きのいい人というのは、幸いにも子供のままでとどまっているか、あるいは今一度人間としての過程を意識的にやりなおして、本来のからだの使い方に戻った人、なんだろう。

フレッド・アステア
http://www.youtube.com/watch?v=mxPgplMujzQ

ゴールデン・ハーフ
http://www.youtube.com/watch?v=Ao5lP-lJg8A

土方巽
http://www.dailymotion.com/video/xa6147_hijikata-tatsumi-a-girl-part2_creation

イムレ・トルマン
http://video.google.com/videoplay?docid=-868530846461217419#

テリエ・イースングセット
http://www.youtube.com/watch?v=sEhx6cat_TY&feature=related

by zelan | 2011-06-13 21:49
2009年 11月 10日

2009年11月10日

日暮里D-倉庫にてイムレ・トルマンの舞踏。3日連続で彼の踊りを観る。

たましいが初めてからだに入った感じ。
たましいはからだをあやつる力を持っているが、まだからだのことを
よく知らないので、どう入力すればどう出力するかなど、おそるおそる
試してみたり、あるいはドレスの下を見たら自分の足があったりする
のにも驚いている。やがて少しずつからだを理解しはじめたたましいは、
色々に動いてみて、無理や限界にも挑戦してみる。

そうしてやがてまた何事もなかったように、もといた静寂の中に戻っていく。

by zelan | 2009-11-10 01:10
2009年 11月 08日

2009年11月9日 ミニマル

昨夜も新宿PIT INNにて、イムレ・トルマンと、ニック・ベルチュ率いる
RONINのライブを観た。

イムレの舞踏は舞台の立ち位置を殆ど動かず、RONINの音楽も
同じフレーズがモチーフとして繰り返し用いられる。言ってみれば
ミニマルないでたちだけれど、だからこそむしろ、すべては一回性
であって、二度と再び同じ瞬間はないのだということが、浮き彫り
になる。

イムレの踊りを観ていると、自分のからだがひとりでに振動する。
そのことを彼に伝えると、「それはそう、誰でも人の動きを見たら
それを受けて自分も動いている。」、と言う。
「でも普通の人だとそうはならないのだけれど。」
「みんなとても複雑になっているから。でも僕らは訓練して、
とても単純に、純粋に動jくことができるからね。」
と教えてくれた。

by zelan | 2009-11-08 13:14
2009年 11月 08日

2009年11月8日 肉体と因果

昨夜は舞踏家イムレ・トルマンの公演初日、新宿PIT INNにて。
開演直後、暗がりに白く浮かび上がる彼のからだを見て、
ヒトがそのように立つのを見るのは初めてだと思った。

人間はどのように動いてもいい、その動きを感じていさえすれば、
ということがそのとき突然、わかったのだ。

公演後彼と話をした。
「どう動いてもいいのがわかったの。でも私はすぐ、自分の動きが
正しいかそうでないかばかり考えてしまう。」と言うと、
「たとえ何かしているときについからだを固めてしまっていたとしても、
それはこれまでに色々なことがあったすべての結果としてそうなって
いる。正しいとか間違っているということでは、ないんだ。」と、
彼は言った。

それを聞いてもうひとつわかった。からだであれその他のことであれ、
自分がもし今とは別の何かを望むのだとしたら、それに向けた選択を
今この瞬間にすればよい。そうすれば、結果は変わるということが。

by zelan | 2009-11-08 09:17
2009年 10月 19日

2009年10月19日 あるきぞめ、または、イムレ・トルマン

人類が直立二足歩行を始めたのは500万年以上前とされる。
初めて歩いた人類は、何を感じただろう。

イムレ・トルマンはスイス人の舞踏家。
舞踏の大家大野一雄に師事し、野口体操の野口三千三
にも薫陶を受け、アレクサンダー・テクニークという、西欧の
芸術大学等で広く実践されている身体技法の公認指導者
でもある、身体の動きとその表現の専門家である。
長く日本で暮らし、現在はベルリンに在住。
土方巽を始祖とする舞踏の、おそらく世界でも有数の継承者
である彼が、同じくスイス出身の優れたピアニスト ニック・
ベルチュとのコラボで、11月7日~9日、東京で公演を行う。

これまで数々の舞踏を観たが、発祥の地日本においても、
彼に匹敵する圧倒的表現力を持つ舞踏家にはまず出会わない。
我々の動きには既に、歩く、座る、ふりかえる、うなずく、
うなだれる、肩をすくめる、等々みな名前がついていて、
その名が意識しようとしまいと、舞踏家も含め深く我々の
なまの体験を侵食し続けているのか、動くことは容易に
習慣化あるいは形式化して、動きと共にいることは
なおざりになる。
今その名を忘れて、自由になった原初の動きに会うには、
イムレ・トルマンを観ることが最良の機会のひとつである
ことは、間違いない。

初めて歩いた人類が感じた驚き、怯え、喜びを、
細胞レベルまで完全に制御した芸術表現として提示
する彼の美しいからだにまた会えることを、心から
楽しみにしている。

公演情報:
http://www.bigstream.co.jp/artist/0911_nik/index.html

by zelan | 2009-10-19 08:46