原初のキス

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2009年 10月 01日

2009年10月1日 禅亀

ある日、目黒の自然教育園で池のほとりに立っていたら、
遠くの方から一匹の亀がゆっくりやってきて、
濁った水の中から鼻づらを出してしばらく私の方を見ていた。
やがて来た方向に帰っていき、また戻ってきたときには
ひとまわり小さい亀と一緒で、二匹で私を見ていた。
それからまた戻っていって、今度来たときはさらに
小さい亀を一匹連れていた(親子!?)。
何を期待されていたのだろうか。
でもあげられるものは何もなかった。

また別の日、池を見ていたら、三匹一遍にやってきた。
池には亀がたくさんいるので、前の亀とは違うだろう。
それも大中小で親子みたいだった。
が、そこではっと気づいたのである。
三匹いたら、必ず大中小になるということが。

人間はいろんなことを考えたり解釈したりしている。
実際は、池のそばで突っ立っているだけだったにしても、
脳のCPUは、結構使った。
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# by zelan | 2009-10-01 09:47
2009年 09月 30日

2009年9月30日 必需品

犬を飼っていると、犬にも「皿」と「ざぶとん」という観念があるのがわかる。
絵を広げていてもわざわざその上にくわえてきたドライフードを乗せようと
するので油断がならないし、また、「素」の床には、絨毯であろうとタイルで
あろうと、決して寝そべろうとせず、自分専用の敷物や、椅子からクッション
やマットをひきずりおろしてきてその上に寝るのである。
皿やざぶとんて、素材や形・色などは「文化」かもしれないけど、その機能
自体は、生命体のよりよき暮らしのための、必需品なのですね。
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# by zelan | 2009-09-30 10:59
2009年 09月 28日

2009年9月28日 愛

60代の知人女性から聞いた話だが、恋人が、彼女の消費するすべての
米と水を運んできてくれて、そして毎日、「おさしみ」をくれるそうである。
いいなあ・・・。ところで何屋さんなんだろう。
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# by zelan | 2009-09-28 21:59
2009年 09月 27日

2009年9月25日 美

美しいということは自分より大きい存在なので、美しさを創ろうとしても
創れない。
つまり美しさには、「遊んで」もらわなければならない。
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# by zelan | 2009-09-27 13:06
2009年 09月 27日

2009年9月5日 確率

中華料理店で食事をしていて、口に違和感がしたので出してみると、
2センチくらいの「画鋲」だった。
頭が透明の長っぽそいプラスチックで、1センチ程の針が出ている。
きっと厨房のコンロの近くに何か貼っていて、鍋に落ちたのだ。
あまりにすごいので笑ってしまった。

思い出したのは、ずっと前に新宿御苑で花見をしていたら、
2メートルもある桜の枝が突然どさっとすぐ横に落ちてきたことだ。
頭にあたったり、ぎざぎざの枝の折れ口が顔を擦ったりしたら
笑ってる場合ではなかっただろうが、でも逆に言えばこんな具合に、
何か思いもよらぬ僥倖にだって、巡り合わないとも限らない。

もっとも実際に鋲を飲み込んだり、枝がぶちあたったりした訳ではない
けれど。
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# by zelan | 2009-09-27 13:05
2009年 09月 27日

2009年9月20日 モナリザ

このところコラージュにモナリザを使うため、たびたび図版を見て
いるのだが、彼女は、よく言われるように不思議な表情をしている。
ちょっと動物みたいだし、その中には膨大な情報が含まれているので、
見る側の心情や関心で解釈が変わりそうだ。

彼女はすべてを見透かしているような顔をしている。
何か知らないことがある人の顔ではない。
だからなのか、私には、少々憐れみを含んだ「嘲笑」を浮かべている
ように感じられる。

ダ・ヴィンチは手稿に、「すべては連関している」と書いた。
これはキリスト教的というよりむしろ仏教的な認識である。
モナリザの表情も、複雑な因果が運動して、激しく震えているように
見える。

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# by zelan | 2009-09-27 13:05
2009年 09月 27日

2009年8月5日 盆栽とコラージュ

ファンド運営、コンサルティング事業の株式会社アーク・イノベーション
井上社長と会食。
氏は3年で300鉢の盆栽を独学で育てた盆栽師である。
盆栽は、園芸の中では現在その歴史的及び技術上の真価が十分理解
されておらず、華道/茶道など権威づけられた高等文化をわき目に
やや孤独な道を歩んでいるそうだ。
それって技法としてのコラージュみたい・・。
首の後ろが陽に焼けるんですよ、とか、人差し指の第一関節と第二関節の
間が硬くなります(鋏があたるので)とか、トリビアな話題で盛り上がる。
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# by zelan | 2009-09-27 13:04
2009年 09月 27日

2009年8月10日 自動書記?

古いメモ帳を見たら、みみずがのたくったような字で、
「インラリンってトウェッソ(改行)ヴァイラスMase」と書いてあった。
さっぱりわからん。これ書いた私も私かしら。
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# by zelan | 2009-09-27 13:04
2009年 09月 27日

2009年8月17日 身体知

言葉で表現できることは小さい。
例えば、単純な例だが同時に起こることを言い表すのは極めて難しい。
多少工夫して表現したとしても、読んだり、聞いたりする時点では
シリーズで認識するしか方策がなく、その身体的経験が我々の認識自体
を逐次性の中に押し込めてしまう。
絵画は多くの情報を同時に(あるいは極めて素早く)認識させる。
だから、絵画は精神的というより肉体的である。
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# by zelan | 2009-09-27 13:04
2009年 09月 27日

2009年7月22日 ほんとうに欠けてた

日蝕には特段の興味がなく、普通にしていたのだが、
外に出たとき人がたむろして空を見上げていたので私も上を見ると、
今まさにもやもやとかかってきた雲を通して、太陽が太った三日月
みたいになっていた。
トクした感じ。これを見るために飛行機で外国に行って、しかも結局
雨で見られなかったりした人までいるのに・・・。
でも、日蝕中、雲がかかることだって現実的には珍しくもなくあるだろうに、
その可能性については全然考えてなかった。ニュースでも何も言って
なかった。
こういうことをどうして自分で考えたり、人が言ってくれたりしないかは
考えてみると不思議なものだ。
もっとも気づいていても雲がかかるのを待ったりはしなかっただろうけど。
つまり偶然の幸運なり。
その後会った人が、天岩戸(あまのいわと)のお話って日蝕ってなんだよ、
と教えてくれた。
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# by zelan | 2009-09-27 13:03