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原初のキス

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2019年 09月 30日

増税と怪我の功名

増税前の駆け込み購入というのは少し恥ずかしいんですが自分もやった。でもそれでびっくりしてしまったのが、自分が定常使用している複数の制作資材について、ちょっと検索してみるとこれまでの価格より50%以上安いものを売っている業者さんがあったことを知ったことである(もちろんそこからまとめ買いしたし、今後ともそこから買う)。増税って個人的にはなんか甚だしく怪我の功名をみたいな状況に、少なくとも今の処はなっている。

いずれにせよ、「2%」増の前に日用品にすら殺到する人々のことを見るに、考えてみたら「物事を明確に数値化する」ということの威力をいまさらながら感じた。自分がビジネスコンサルタントだったら事例として使うかもしれない。今回の増税に関してはちょっと日本人がイベント化しているの感すらあり、経済に関わる事なので軽軽に印象を述べるのはどうかとも思うが・・え~と、少し面白いのである。結局何でも楽しめる。



by zelan | 2019-09-30 23:39 | 社会について
2019年 09月 30日

実は遊んでる

自分で直接聞いたのだったか他の方から又聞きしたのか忘れてしまったが、ワシントン大学で演劇パフォーマンスの向上を教えている著名なアレクサンダー・テクニーク教師のキャシー・マデンが、クラスで「最近はなにで遊んでる?」としょっぱな生徒に質問したのが面白い。

こう聞かれると、多少ヤなことや、こだわってる割にうまくいってなくてもんもんとしていることなどもどういう訳か、「自分、それで遊んでるんだな。」とちょっと楽しくなってくるような気がするのである。


by zelan | 2019-09-30 12:00 | アレクサンダー・テクニーク
2019年 09月 29日

「俺の」は何にでもくっつく

先日駅の売店で「俺のミルクキャラメル」と言う商品を見つけた。無頼風の「俺」にミルクキャラメルか・・俺のって何につけてもいいんだ、と思った。
ちなみに自分は珍しいぬいぐるみについて興味があり、これまで見た珍しいものは記憶していて、それらにはパソコン、餃子とシュウマイ、ブッダなどがあった。そうして先日、和食屋で「干物」のぬいぐるみを見かけたのでこの記憶コレクションに追加。
また自動販売機で売っているシュークリーム味とかキテレツな飲み物にも興味があり、電車待ちの間敢えて自動販売機のそばに寄って行きしげしげとラインナップを観察するのが趣味である。

これらは皆、そのカテゴリーならこうよね、という自然な成り行きというものからジャンプしている。俺のだったらミルクキャラメルより雷おこしの方が組合せとしては自然で、ぬいぐるみなら猫やうさぎ、飲み物であればオレンジジュースとかそういう常識から。つまり、素材と素材の間で距離を取って圧を強めるという、一種のコラージュ技法なのである。



by zelan | 2019-09-29 11:39 | コラージュ
2019年 09月 28日

都会のマチエール

昨日最寄りの駅の近くの交差点で信号が変わるのを待っていて、ふと側のガードレールに目がいき、そのなんていうのか金属の横棒がすごく白くて最近塗ったのかツヤっツヤでキズひとつなく、素晴らしい人工的なマチエールだったので自分は見惚れてしまった。ごたごたした道端で、まるで「無垢」や「完全性」を表象しているようであった。ガードレールにまで感心するというのもどうかと思うが、今や人間は、人工物においても以前よりは相当厳密に面白い面白くないを切り分けるようになってるのかしら。

そのうちパソコンモニターの表面のマチエールの良し悪しすら気になるようになるはず。
(自分はまだそこまでいってない。内側から光ってると、まだ光を見てるって感が強い。)

そうなった時、目にするのがだんだん減っていく自然物の見え方というのはどう変わってくるだろう。
感度は劣化していくか、生命体として適確に保持されていくのであろうか。


by zelan | 2019-09-28 16:52 | 感覚について
2019年 09月 27日

目黒カルチャー「初めてのコラージュ」10月体験会のご案内

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目黒学園カルチャースクールでのコラージュ制作連続講座「初めてのコラージュ」にて、以下の通り体験会を開催します。

<概要>
日時:10月13日(日)11時から12時半
場所:目黒学園カルチャースクール第3教室(JR/地下鉄目黒駅至近)
参加費:税込 1,815円

<内容>
テーマ:「手」のあるコラージュ

印刷物などから素材を切って組み合わせる「コラージュ」は、シュルレアリスムの手法としても用いられ、見慣れた事物を見慣れぬものへと変える「イメージの錬金術」と呼ばれます。
今回の体験会では「手」という日常的な事物を、どれだけ特異な、刺激的なものに変えられるかに取り組みながら、コラージュの基本的な制作原理と作り方をお伝えします。
また今回は併せて、複雑な模様を一瞬で作り出せる特殊なメディウムを用いた「リベルアート」についても、コラージュに魅力を添える混合技法の一例としてご紹介します。

未経験/初心者の方歓迎です。お申し込みは目黒学園カルチャースクール(Tel: 03-6417-0031)までお願いします。

(図像: 是蘭「Strange Sorrow - variant」



by zelan | 2019-09-27 10:58 | セミナー案内
2019年 09月 26日

インターネットも凄いけど

テクノロジーとしてインターネットが凄いのはもちろん認めるが、今日駅でエスカレーターに乗っていて、この人間が動かずに支持体の方・・と美術的には言うとして・・・要は乗っかってるものの方が動くっていう発想、最初にした人はすごいと思った。

人が考えたり実現したことによって日々の利便を享受しているからには、自分以外の他人というものは総体としてよくよく尊敬に値するものだ。
自分が比較的平和主義の方なのは、こう考える故である。


by zelan | 2019-09-26 21:02 | 科学や技術について
2019年 09月 26日

グループ展終了

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高円寺のポルトリブレ デ・ノーヴォで開催しておりましたグループ展『幻視の薔薇の咲く庭で、ふたたび』が先般23日に終了致しました。ご来廊の皆様、多賀新様始めご参加の作家諸氏、ギャラリストの平井様、日頃より当方の作品制作に種々ご協力頂いている皆様に心より感謝申し上げます。今後ともより多くの方々に作品をご覧頂けるよう、精進して参る所存です。

図像:是蘭「無常の送り手」


by zelan | 2019-09-26 11:17
2019年 09月 25日

表現は自由

「表現の自由」という言葉は個人的には使うことのない言葉で、理由はあくまで論理的な座りの悪さを感じるからだ。
何かを言ったら糾弾されるから言わない言えないというのも自己決定を完全に行使しており、自由は確保されている。
また自己決定をして表明した表現に対し弾圧・糾弾するのが問題だともしいうならば、表現の弾圧が問題だ、と具体的に言った方がいいように思うのである。


by zelan | 2019-09-25 22:46
2019年 09月 22日

『幻視の薔薇の咲く庭で、ふたたび』明日9/23(月)まで

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現在参加中のグループ展『幻視の薔薇の咲く庭で、ふたたび』が明日23日までとなります。
多くの方にご来廊頂いており御礼申し上げます。

明日は12:00 - 17:00にて在廊しておりますのでよろしければお立ち寄りくださいませ。

会場:

図像:是蘭「隠された旅程」(部分)


by zelan | 2019-09-22 10:44 | 展示案内
2019年 09月 21日

幻の垂直線

少々忙しくて部屋の中がとっちらかってきた時、自分は全ての物品をできる限り水平か垂直にとりあえず並べるの術、を実行する。
そうすると斜線ばかり目に入るより明らかに落ち着いてくる。

恐らく体軸とかそういうことに関係があるんだろう。
体軸は、重力と対峙/適応したり、身体表現なんかだと体軸と重力は語り合ったりするものではないか、と推測するが、体軸に大きく関わるであろう構造体、例えば背骨に代表させるなら全然「まっすぐ」じゃなく曲がっている。でも体軸っていうのは日頃はすんなりとほぼ真っ直ぐの感じがする訳だ。その幻の垂直線に自分が今見てるものを沿わせると、気分がいいのである。
以前勉強していた小笠原流礼法では、歩きなが方向を変えるときはゆるっとした円を描かず踵を直角に巡らして真四角に曲がる。そういう時もキリッとした心持ちになったっけ。

そういえば、昔アレクサンダーテクニークのレッスンをしてもらっていた舞踏家のイムレ・トルマンというスイスの人が~この人は大野一雄に師事していた~「我々は軸の周りを回っている」と言った。自分の中だけに仮想の垂直線を持っていると感じるより、こちらの方が随分と洗練された感覚であり理解であって、とても美しく感じる言葉である。



by zelan | 2019-09-21 15:43 | アレクサンダー・テクニーク