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原初のキス

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2019年 06月 30日

めんどうと人間

できるとわかることをやるのって、めんどうだなあ、と自分はしばしば思う。例えば郵便局に切手を買いにいくとか・・・それなのになぜ歯を磨くのをめんどうに感じないのかは、よくわからないが。

もとい、絵を描いたりするのはよほどエネルギーのレベルが下がっているとき以外はさほどめんどうとは感じないのであって、この理由のいくらかは、「できるかできないかわかんない」からではないだろうか。

一方、人間不条理にも、できるかできないかわかんない、ことが眼目でかつそれを楽しんでもいるにも関わらず、「必ず(いい絵が)できるやり方がほしいなあ・・・いつでもどこでも、思った通りにできないものか」と妄想し、そういう意味だったかどうかは知らないが「ロボットになりたい」と言ったウォーホルにえらく共感したりする。とにかくなんか決まった安全な原理的なやりざま、を、求めたくなってくるのだ。

そんなにわかってることがいいのなら、郵便局に切手を買いに行くのだって、楽しくやればいいのにね。



by zelan | 2019-06-30 21:38
2019年 06月 29日

目黒学園カルチャースクール「初めてのコラージュ」7月期開講

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目黒学園カルチャースクールにおける、コラージュ制作初心者の方向け「初めてのコラージュ」講座の7月期がもうすぐ開講です。

「初めてのコラージュ」概要:
◎第2/第4水曜日 19:00 – 20:30
◎場所 目黒学園カルチャースクール

詳細はこちらよりご覧ください。

コラージュは印刷物等から素材を切りとり、組合せて新しいイメージを創造するアートです。
描写のような鍛錬を必要とする技術を直接は必要とせず、ご自身の関心や感性ですぐに作品制作に取り組め、素早く上達することが可能です。

7月期の連続講座は、各回以下のテーマにて行います。
  1. 7月10日
    3つの要素で創るコラージュ ~ 素材を選ぶ着眼点「距離」と「謎」について
  2. 7月24日
    私のモンスター ~ 理屈を超えた、生命体を表現する
  3. 8月14日
    モナリザをテーマに ~ 素材の意味を「変える」
  4. 8月28日
    黒の力 ~ モノクロ・コラージュの世界
  5. 9月11日
    絵具による転写技法(デカルコマニー)を使ったコラージュ ~ 偶然性を活かす
  6. 9月25日
    二人の貴婦人 ~ 古典絵画をベースに二つ折りカードを制作

いずれの回も体験参加可能です。
ご興味のあります方は目黒学園カルチャースクール(電話:03-6417-0031)までお問合せ/お申込をお願いします。

(図像 是蘭 コラージュ)



by zelan | 2019-06-29 14:13 | セミナー案内
2019年 06月 28日

怖くてやってないこと

自分が怖くてまだやっていないことの一つに、「お腹が減ったらご飯を食べる」というのがある。

昨今の健康情報においては、「食事は規則的にするべきである」説が大体94.5%位で、お腹が減ったら食べるのがいいと主張しているのは5.5%位にすぎない。自分の場合朝ごはんは8時、昼ご飯が12時半で夕食が結構早くて5時から6時といったところで規則的である。どうも食事の間隔が短いせいもあるのか、時間になったら食べるという感じで空腹になったら食べるという風ではないのだ。なので一度、件の空腹になったら・・というのを試してみたいのだが、いわゆるところの健康情報の大勢がそうではないのでそれを試みる勇気がない訳。
(健康情報といえば先日立ち読みした本に、「3食を12時間以内の中に収めるというのが痩せるコツ」だと書いてあってびっくりしてしまった。これが真実とすれば、自分は心底太りたいと思っているのに毎日痩せるコツを実践している・・。)

で、この記事をここまで書いたら、「でも別に毎日じゃなくていいのだから一回試しに<空腹になったら法>をやってみる」というやりざまをおもいついた。まだそれを本当にやるかはわからないけど、やっぱりこうやって文字にするというのはいろいろアイデアが出たりして良いことなのかしら。

ちなみに前段の細かいパーセントは自分の感覚によるものだ。時々額縁屋さんなんかで、額の厚み等についてこれ28ミリ位かと思いますが・・と言うとがっつり合っていることがあり額縁屋さんを驚かすということがあるので、自分はその辺りの見当?については不思議と自信を持っているのである。


by zelan | 2019-06-28 22:37 | ライフハック
2019年 06月 23日

本日の真実

ホンジツのシンジツというのは軽く韻を踏んだつもり。今日、友達と夕食に行ってモッツァレラチーズが食べたいと思ったが、最近よく食べていたトマトの代わりにルッコラを合わせてもらい、もはやカプレーゼとはいえないカプレーゼ的なものをお願いして作ってもらった。そうしたらこれがまた非常に美味しかったのだ・・。

ということで自分はとある真実に気づいた。それはモッツァレラは出汁(だし)であるということである。
出汁だったら何でも合う。色で言えばちょっと無彩色っぽい感じ?



by zelan | 2019-06-23 20:54 | 感覚について
2019年 06月 22日

戦略と機嫌~ユアサエボシ「曲馬考」@銀座 蔦屋書店

ユアサエボシ氏の「曲馬考」。Ginza Sixの蔦屋でやっていて見に行き、画力は素晴らしいし構想もプレゼンもコンテンポラリーの戦略的な視点からは満点な感じ(って自分が偉そうに言っていいかはわからないが)であって、視覚的にも脳的にも大変に面白かったので自分は喜んだ。

ところが、一緒に行った知人の機嫌が悪くなってしまったのだ。
過去に生きた架空の画家の描いた絵、というしつらえなのだが、十分に過去ではない、過去の人では描けるはずのないものを描いている、と、言うのである。言ってることとやってることが違うのは許せん!と言われ、ちょっとマッチョに聞こえるけど筋が通っているとも思われる意見で(ちなみにこの知人は美術方面にはかなりのリテラシーがある人だ)、一方「なんか違う・・いや、かなり違うのでは」とも思ったが、しかし反論する体力も気力もそしてそこまでの動機もなく寂しく佇んでしまったのであった。

何を言いたかったのかわからなくなりそうなのであえてまとめると、

  • 多くの人、特にコンテンポラリーが好きな人々にはかなり刺激的で素晴らしい展示と思うので、見に行かれるとよいのではないか、というお勧め 

そして、

  • 「鑑賞」とはいつまでもどこまでも自由なもので、それぞれの人の立場を貫いて意見を吐露するのはよいと思う、

と、いうことである。

銀座 蔦屋書店 アートウォールギャラリー
7月12日まで。






by zelan | 2019-06-22 21:22 | 展示レビュー
2019年 06月 20日

作るか選ぶか

ふと思いついたのだが、様々な芸術や技能は作る系か選ぶ系かに分けられそう。絵画は一般的には作るでコラージュは選ぶである。彫刻は作る、写真は選ぶ、ダンスやパフォーマンスは作る、音楽も作る、でも DJ は選ぶ、とか。

絵画で言えばマチエール(質感)はかなり個人の好みの差が大きくて、ざらついたものが好きか平滑でつるっとしたものが好きかは鑑賞者にしても制作者にしても結構決まっててしかもなかなか変わらない(制作に関して言えば「一生変わらない」とちょっと脅しとも取れる雰囲気で聞いたこともある・・・コワ・・・ちなみに自分の場合はつるっと派だ)。それと同じように、作る系・選ぶ系どっちに与するかって、容易には変わらないような気がするな。


by zelan | 2019-06-20 23:49
2019年 06月 17日

汝自らを

自分を理解するということはどうやら重要なことらしい。自分探し、などの言葉があることでもそれは知れる。
美術だって自分を理解することは必要だ。なぜなら、どうして他ならぬこの自分がそういう作品を創っているのかを理解している方が、その理由を還元・強化してよりよい作品を創っていく上で有利だからである。

でも、自分を理解するのはそう容易なことではない。
先日夕食の際に赤ワインを飲むかネグローニを飲むかえらく迷った。ネグローニはカンパリを使ったカクテルで、赤ワインとは赤っぽいということと苦みがあるということでなんとなく共通項はあるものの、醸造酒と蒸留酒であるし、片方は混ざってないし(「葡萄」は混ざってるかもだが)一方はミクストドリンクなので違うところの方が多い。
自分は何らかの理由により数多くのドリンクメニューの中から比較的素早くこの2種を候補として選んだ(選ぶことができた)。しかしなぜ他は簡単に排斥されちゃったのかを知らない・・、そしてどうしてこの2つの間でかくも迷うのかもわからない。自分のことなのにわからないのだから恐らく自分は自分を知らないんだろう・・・。

5分位迷って結局ネグローニにした。どうやって決めたかというと、その瞬間の自分の体に聞いてみた。
かくして私はその時多少なり自分を理解したのかもしれない。
でも世の中における自分を理解するの自分とは、もう少し長いレンジでの「自分というもの」であるような気がする。長い時間でもって、過去やなんかからも遡って自分がどういう人間であったかを考えることも意味はあるかもしれない。でも、逆にそれを考えすぎちゃうことによって、失うものも多いような気がしてならない。



by zelan | 2019-06-17 21:15 | 未公開
2019年 06月 16日

論理ではなく態度である

「希望」と「自信」には似たところがある。

自分の美術の恩師がいつも言ってくれたことに、「根拠のない自信を持て!」というのがあるが、確かに「自分、この自分のやりたいこと、いつかは(もしかしたら今すぐでも)できるかも・・」、というそこはかとない自信に論理的根拠など求めていたら、できるかできないか以前に、美術において必須であるところの「鍛錬」という名の試み→失敗の連続にすら耐えられない。

希望というものもまた、希望を必要とする場面は希望が自然には生まれなさそうな時なのであって、希望を持つことにしかるべき根拠なんてそう簡単に求められないのである。




by zelan | 2019-06-16 21:03
2019年 06月 15日

Katrien De Blauwer @POST(恵比寿)

先頃恵比寿のPOSTへ、カトリアン・デ・ブラウワーのブックサイニングイベントに行き、こちらで紹介されている本を購入。 非常にセンスのいい、上品寡黙でありながらセクシーな作品群。

彼女の作品の中で自分なりに特にぐっときたのがこのサイトの中にある顔の上の方が木になったり窓になっている作品。

木や窓と髪や目との形態的類似は明らかで、通常はもっと人を食ったような感覚が生じそうなものだが、むしろ深い詩情を感じる。何というか、人間、人工物、自然それらは結局のところ存在として通底しているのではないか、と言った、かなりシリアスな感覚を覚えさせられるのであった。

7月21日(日)まで、POST内mini galleryにて小品が展示されている。








by zelan | 2019-06-15 19:12 | 展示レビュー
2019年 06月 14日

「肉の波」はまだ・・

先日知人と人形町に夕食に出かけた。なかなか味のある風情の飲食店がたくさんある。歩いて物色しているうちに知人が、「肉の波がまだ来ていない。」と言った。

確かに、自分がよく出没している恵比寿だの新宿だのといった街は、もう肉の波はとうの昔に到達していてジャブジャブになっており、飲食店の多い所で周りを見渡すとなぜか赤い看板が目立つような気すらして、なぜなら肉を供している店が異常に多いからである。人形町は比較にならない位、動物性たんぱく質としてはお魚を扱っている店が未だ主流だ。知人の言う処の「肉の波」はいつ頃、どの辺りから生じ、そして今はどこまで到達しているのであろうか。人形町はまだだが、銀座には届いてるように思う。

これはアートには直接関係ない話ではあるが、状況をしかるべく受け止める人間の「感覚」には十分に関係がある。そしてアートとは人の感覚という機能に関連する一つの超ニッチな市場なのだ。



by zelan | 2019-06-14 15:02 | ヘンな話