原初のキス

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2018年 10月 31日

正体は中にいる

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今日渋谷にでかけると危ないことになるらしい・・気の小さい自分はそのような場所には決して出向かないが、それにしても個人的に気になるのが、ハロウィーンの例の白いおばけが「何でできているのか」ということ。

あれは布っぽく見えるがもしかしたら「気体」なのではないかと思ったのだ。もやもやのマチエールが描きづらいために漫画にすると布っぽく見えちゃってるとか・・。布だったら固体だが、自分の説は煙のようなもの即ち気体。まあ液体には見えないので、固体か気体のいずれかのはずだ。

と、いうような話を知人にしたら、「あれは布そのものなんじゃないの。<本体=おばけ>は中にいて透明なんだと思う。」と言われ愕然とした。布みたいに見える外見が本体そのものだと思い込んでいた自分、本体があれをかぶってる可能性について思い至らなかったとは愚かなり・・・。

おばけが自分を人の目に見えるものにしたくて、わざわざシーツかカーテンを眼のところやなにかハサミで切ったりしてかぶってる、と思うとなんだかほほえましい感じだ。

調べてないから正解はナゾに包まれたままだけど。


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by zelan | 2018-10-31 22:34
2018年 10月 31日

脳内コラージュ

展示が近いので作品配送に必要な梱包材(気泡緩衝材・・またの名を「プチプチ」)を買って抱えて帰る道すがら、妙に気分が良くなってきた。そしてふと、「この感じ、何かに似ている・・」と思ったのである。暫く考えているうちにその感覚が、

「動く歩道を歩いている時」

と同じであることがわかった。

10メートル巻きのプチプチは結構大きい、でも軽くて楽々運べる。これが、自分が普通に歩いていても常より速く進むことのできる「動く歩道」よろしく、身体的な「自己有能感」を高めてくれるのだ。だから両方とも微妙にウキウキしてくる訳。

この原理を利用した「有能感高めグッズ」を発明しかつ天才マーケターと組んだら、意外に儲かりそうな気がする。でも、自分の関心は美術にあるため、ただ「関係なさそうに見える存在をやや強引に関係させる切り口」を見つけたことに満足した。こういうのは一種の「思考のコラージュ」なのである。


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by zelan | 2018-10-31 22:04
2018年 10月 30日

小林亜星氏とかけて・・・

先日TVをつけたら小林亜星氏が出ていて、一瞬、過去の番組の再放送であろうと思った。なぜなら自分の記憶の中の「寺内貫太郎一家」の頑固親父と5ミリも違わない風貌の彼がそこにいたから。

件の番組が放映されていたのは1974年、その頃の自分と現在が500キロ位変貌しているとすれば、5ミリはいかにも小さすぎる。彼に投げ飛ばされていた西城秀樹氏、ジュリー!と叫んでいた樹木希林氏が物故して間もないこともあり、この変わらなさはほとんど「悪魔に魂売ってるんぢゃないか・・・」と思ってしまう程だ。現在86才であらせられる。

驚愕した自分が即座に考えたことは2つ。

1. 昔からかなり恰幅がよいが、雰囲気を見るに健全なる長命を享受されている。で、その番組はインタビュー番組だったのだけれど、彼は「好きなことをやる、やってきた」という筋で、快活に自然に、話をしておられた。こういう性格なら、仮にメタボでもその害が抑えられるのではないか、要は人間を健康にするのは、食べ物や体格やなんやかやというより、性格や人生に対する構えではないか、ということ。

2. 外見が変わらないということはその根底にある生命力が尋常でない、その点で氏は「モナリザ」に似ている。

2.の発想は自分が最近毎日、大量にモナリザの図像を目にしているせいかもしれない。500年以上その風貌が衆目を変わらず集め続けているというのは、大層なことであると思える。

11月8, 9, 10日の3日間、銀座のGallery Art Pointプロデュースにて開催する個展では、全作モナリザを主役あるいは脇役に、ミクストメディア作品を展示致します。


<展示概要>
11月8日(木)開廊12時半 閉廊19:30
11月9日(金)開廊12時半 閉廊19:30
11月10日(土)開廊12時半 閉廊17:00
(最終日は閉廊が早めですのでご注意ください。)

会場のアクセスは以下の通りです。

アクセスマップ:

お目にかかれますのを楽しみにしております。

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by zelan | 2018-10-30 21:37
2018年 10月 25日

コントラスト!

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先般、ある美術技法書を読んでいてふと、「コントラスト」というものが自分の思っていた以上に、絵画において非常に重要であることに、気づいたのである。

大体、構図だの色彩・明暗だの動勢だのモチーフだの質感だのと、絵には制御すべき要素がたっぷりある。これらの個々が原理的にとてもややこしいという訳ではないかもしれないが、全てが多少なり結果に影響するのだから、制作においてはこれらの全部を多かれ少なかれ相手にしなければならず、そのこと自体がかなりややこしい(という風に感じる)のである。

でも「コントラスト」のことを主として考え、感じているならば、色んな要素を一挙に一望の下にできる。構図は面積の、色は対比の・・とかあるものを、全体としてコントラスト観点からまとめて見れるわけ。

コントラストとは何か、それはつまり「差」の強弱に関する感覚だ。そうして、全ての生命体にとって、「差」を感じることは生命の存続において極めて重要な機能であろう(=原始時代から、草むらが微妙に揺れることを感知することがその奥にいる動物のことやなにかを認識するために必要だったのから)、だから「コントラスト」の一事をもって、色々なことを感じ取り次の行動をしかるべく判断することができるという、それはある意味当然のことかもしれない。





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by zelan | 2018-10-25 23:40