原初のキス

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2018年 03月 31日

英語でケンカ

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性格が穏やかな自分としてはあまりケンカすることはないが、それでも以前から不思議に思っていることの一つに、英語であれば多少言い争っても日本語に比して後腐れがあまりない、というのがある。
手伝っている会社の社長は外国人で、仕事に関連してこれまで稀にほぼ人格否定に至る程の罵詈雑言で双方の行動または性格についてやりあうことがあったが、その全てのケースにおいて過ぎると2分後にケロっとしている。ちょっと例が少なすぎるのでなんだが、日本人同士なら一時的であれそもそもそこまで言語を使った明確な反目に至ることを避けるのであって、ケンカにしちゃうところで「英語は(ケンカしても)後腐れが残らない説」、が更に強固になる気がするのであった・・・。

言語学者でも社会学者でもない自分には理由の仮説も浮かばないような雑駁な話なので尻切れトンボに終わるしかないが、同じような経験や感覚を持っている人がいないか、ちょっと気になる。(大体英語っていうくくりが正しいのか、ゲルマン語ってくくりで認識すべきなのか、はたまたネイティブとノンネイティブっていう全然違う次元で捉えるのが正しいのかも不明なり・・。)

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by zelan | 2018-03-31 00:33
2018年 03月 25日

野良猫としての私

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自分が野良猫だとして向こうから自分より明らかに強そうな別の野良がやってきて対峙することになったら、

1 速やかに逃げる
2 さっさと腹を見せて攻撃を逃れる
3 虚勢を張り、強そうなふりをして相手をその場から立ち去らせる
4 死ぬ気で戦う

あたりが主な戦略だと思う。
あとは4の変形として、覚悟のないまま適当に相手に向かっていって当然かなりやられる(もはや戦略とは言えない)、というのや、まずは1や2でしのいでおいて、密かにケンカの鍛錬をし、後日改めて立ち向かうといった中長期攻略を実行する、というのもある。

何のことを言っているかというと、苦手なものに処する際の選択肢について分析していたのだ。自分のシュミとしては2と3が好きだ。2の腹を見せて難を逃れるというのは、いわば弱さという欠点あるいは性質そのものを認めた上で、それを結果として利用して難を逃れているし、3はとにもかくにも工夫というものは、しているから。

しかしぼーっとしているとえてして1を多用したり、あるいは無謀にも4や4の変形に走ったりしてるという状況が起こりがちなので、結構注意してないと危ないなー、というのが自分の分析の結論である。



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by zelan | 2018-03-25 01:47
2018年 03月 21日

是蘭個展「水の地図」2018年6月 Gallery Art Point bis(銀座)にて

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本年6月、銀座Gallery Art Pointの企画展示として、個展を開催します。
期間中在廊しております。お運び頂けましたら幸いです。

【開催概要】
  展示名: 是蘭 「水の地図」
  会期: 6月11日(月)~ 14日(木) 4日間 
  開廊時間: 12:30より、11日~13日は19:30、14日最終日は19:00迄
  会場: 銀座 Gallery Art Point bis https://artpoint.jp

是蘭は、主な描画材料としているアクリル絵具と人間の意識が共有している流動性に着目し、自らの動作を版として即興的・偶発的なプロセスで作画を進める技法を主に用いてきました。絵画、版画、並びにコラージュ等を用いた混合技法作品を制作しており、今回は新作を中心に展示致します。

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by zelan | 2018-03-21 15:56
2018年 03月 19日

「忖度」を英語にすると・・

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昨今話題になっている「忖度」の問題であるが、今日自分はふと、この英訳はいかにすべきかを考え、ネット辞書で検索などしてみたのであった。
色々な訳語はあるがわかりやすいのは「suppose」ということ。でも単なるsupposeでもって(この訳語がばっちり精確であるとは自分も思わないけれども)、世の中のやっていいことやってはいけないことの基準が変わってしまうのはかなり悲しい。

空気を読んだり読まなかったりする、というのは、その時々の個々の人間における一つの立場であり方針だ。私はどちらかと言えば空気は自分としてはそこそこ読んでるつもりの割に、結果としてはさほど読んでない派、という人格であるけれども、空気が自然に読める人の場合も時々は読むのをやめてみる、というのが長い目で見て、世の中良くなる方策ではないかと思う。


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by zelan | 2018-03-19 23:22
2018年 03月 19日

酒による比喩

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絵画は醸造酒であり、版画は蒸留酒である、というのは自分が持っているジャンル横断的な認識なのだが、この理由をいざ言葉で説明しようとするとなんだかめんどうくさいことになる。でも、それこそ先般酒を飲んでいる席でこの考えを披歴したら即座にそうだ!と同意してくれた人がいたので、あながち根拠のない妄想でもないのだろう。

池田満寿夫氏が確か60~70年代位に書いたエッセイに、油絵をやってるとマチエール(いわゆる絵肌、絵の表面の持っている質感のこと)を作るのに苦労して正直疲れ果ててしまうが、版画なら技法を選んだ途端にマチエールはある程度規定されてしまうので、自分にはそれが合っているし好きだ、みたいなことが書いてあって、この言説は上述の醸造酒蒸留酒理論と、自分の頭の中ではつながるものであった。

う~ん、でもこういうと、単に時間の問題、みたいに聴こえちゃうかな。そういうことでは、ないのだけれど。
版画ってのはその名の通り「版」があって、それを何かのプロセスを通すことによって元とは形態及び質の違うものに転化する。でも絵画はその存在自体の中でじわじわと積みあげるように自らを変えていく、という仕組みを持ったものなのだ。




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by zelan | 2018-03-19 00:18
2018年 03月 09日

ベランダ画壇(つづき)

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私は考えた。上にのっかってるものが堅牢なら下(支持体)をいぢめられやすいものにすればよいのでは、と。下の劣化が上の状況に微妙なる変化を及ぼさないとも限らない。いやむしろ、自分の経験ではかなりの高確率でそれは起こる。そこで支持体を頑丈なMDFからより傷みやすいであろう和紙に変え、その上に絵具を塗って今2回目の実験をしているのだ。普段天気が悪くなると気分も沈むものだが、最近は雨が急にばんばん降ったり、気温が乱高下したりすると心が踊る。

まだ2回目の途中なので、これが成功するかどうかわからない。でも当方がかつて長い間勤めていたソニーという会社のファウンダーである井深大氏も、「成功のコツは成功するまでやること」と仰っている。成功するまでやってみよう。

(でも今これを書いてて思ったが、地の絵具を塗っちゃってからベランダで育てるより、まずは裸の支持体の状態でぼろっぼろに育ててから地の絵具を塗るのが実は正しいんぢゃあないかしら・・?? 3クール目が必要かもしれない・・・。)

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by zelan | 2018-03-09 21:57
2018年 03月 08日

ベランダ画壇

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技術的なことなので秘していてもいいのだが、自分は今、ベランダで絵を育てている。

主にアクリル絵具で絵を描いているのだけれど、技法がやや特殊で、支持体にペインティングナイフ等で絵具を塗って凹凸のある地を作り、それが乾いてからシルクスクリーン版画などで使うスキージというヘラのような道具で別色をのばす、という行いをする。地の凹部に絵具が入り、凸部は薄くしかのらないので濃淡が得られる訳だ。一種の版表現で、地の微妙な凹凸などは全て次に色をのせたとき反映される。どれくらい微妙なものかと言えば、例えば地に白い絵具を塗るとして、同じジンクホワイトでもメーカーが違うと粒子の大きさや色のほんの少々の違いから、上に絵具を載せた時の結果が異なるという具合。

そこで、地を創った時点で風雪に晒してみたらどうだろうと思った。というか、先般グループ展に参加した際作家さんの一人がご親切に案をくれたのである。自分は風や雨や乾燥や湿度が地塗りをいぢめにいぢめ、上に色をのせた時に面白い効果を及ぼしてくれるのではないかと期待した。それでベランダに地だけ作った状態の施した描き掛けの絵を出して、野ざらしにしているのだ。

実はこの実験は、現在2クール目に入っている。
最初はいつも使っているMDF(集積版)の上に地を作ったのを、乾ききる前にベランダに出し、1週間程楽しみに変化を待った。しかし一週間たって取り込む時に見てみると、あにはからんや表面が多少汚れている程度で目覚ましくは変化・劣化しておらず、悪い予感がしたが案の定上の絵具を施してみても通常とさしたる違いがなかったのである。

樹脂恐るべし!と自分は思い知った。アクリル絵具の主成分はその名の通りアクリル樹脂である。樹脂全般に言えると思うが硬化後は水分などにはめっちゃ強い。雨ガッパを水に濡らすような・・なんていうんだっけこれ、そう、「カエルの面に水」的状態なのであった・・。
(この項続く)

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by zelan | 2018-03-08 21:58
2018年 03月 07日

5つの行為

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以前東洋医学に造詣の深い方から、「歩く」、「視る」、「座る」、「寝る」、「立つ」の5つの行いのいずれもやりすぎにならずバランスが取れていることが健康のためには肝要と聞いた。これらが精妙な組み合わせて粛々と推移した日数というのほ1年に何日あるかしら。逆に言えばそれだけより高い健康への道は意外と近くにある。


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by zelan | 2018-03-07 22:40
2018年 03月 06日

内心絶叫

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絵はどんなしっかりした心持ちで描いていても途中で汚くなることがある。しかしそこであきらめるのでなければ、汚くなること自体は何の問題でもなく、むしろその過程ができた時にいい作用を及ぼしていることが多い。それを納得するのに10年かかった。
納得とは言うけれども自分の全身が本当に納得しきっているかどうかは、はなはだあやしい。何かの打ち手をとって、それが意に反して一応いい感じに推移していた画面に一見致命的な混乱状況をもたらした時、相変わらず頭の中で瞬間的に、あに点々をふったような大絶叫が巻き起こるからである。

でも制作中のリヒターのビデオを見てたら、「うー、あそこで青を塗ったのがまちがった~!」的なことを言っていたので、この現象は永遠に消えることはないのかもしれない。

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by zelan | 2018-03-06 11:29
2018年 03月 05日

ユニークな引きこもり

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手伝っているBodyChanceという会社の社長がメルマガに書いていたのだが、彼は高校生の頃一種のひきこもりとなり学校に行かなくなった。ところがやりざまがユニークで、朝「行ってきま~す」といって家を出るふりをし、すぐさま戻って窓から自分の部屋に侵入し、日中本を読んだり文を書いたりして静かに過ごした後部屋から忍び出て、「ただいまー」と言って玄関から帰ってくる、ということを日々やっていたということである。

この戦術がどの程度の期間見破られなかったは知らない。でもなんであれ「工夫する」のはいいのではないかと、この話を聞いて自分は思った。絵画だってなんだって、ユニークなやりざまを工夫する、工夫し続けるというのは、取りうべき最良の選択なのだから。

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by zelan | 2018-03-05 00:13