原初のキス

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2017年 02月 22日

進歩雑感

今日知人と夕食をしていたレストランでふと外を見ると、個人医院の看板に電話番号が書いてあるのが見えた。
日中その電話番号に電話をかけると、そこの人が(当然のことながら)出る訳だ。

皆インターネットがすごいと思っていて、実際自分もすごいし便利だと思うが、単なる番号で生身の人間の声がいきなり聴けることはある意味もっとすごいような気がする。文字とか情報とかではない本当の体験が、そこで展開するのだもの。世の中、ごく最近になって加速度的に進歩したと(ネットの出現とか)、いつの時代も人は思ってきたかもしれない。しかし真実は、常に驚くべく進歩し続けてきたのだと思う。

もっともそんなことと人間の幸福は次元が違う話であるというのは重要なポイントだ。携帯がなかった時代自分が今より不便を感じていてまして不幸だったかといえば、全然そんなことはない。
一方自分が大いに賞賛する進歩というのもあって、それは人間の生理に関するもの。冷暖房器具とかいつでも温かいお風呂に入れる環境とかそういう進歩は大歓迎。でも情報とかコミュニケーション関係の進歩は、本当にそんなにもいいものといえるかどうかは、かなり微妙であると思う。

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by zelan | 2017-02-22 00:14
2017年 02月 19日

感覚の相対性

やってみないとわからないことがある。というかその方が多い、いや、やってみなくてもわかることは、ひとつもない。いつも使っている歯磨きの味だって、こちらの体調で違って感じることもあるだろうし。もっともちゃんと注意を払えば、という話。

最近節酒を始めた話を前に書いたが、それはよろよろとはいえまだ続いており、スリップにつぐスリップの結果ではあるが元の3分の2位には落ち着いている。といっても自分は大して飲まないので、週にワイン4、5杯が3杯になった位の減り方だけど。実は節酒後初めて気づいたのだが、お酒は料理をおいしくすると勝手に思いこんでいたが、飲まない方が明らかにおいしい。理由は単純で、飲みながら食べると酒で料理の後味を速やかに消してしまうからである。飲みながらの食事がおいしいという感覚は自分の場合単に酒がおいしかったのかもしれない。(ちなみに料理がまずければますますそれが際立つ。酒でごまけないからである。)不思議なのは昼食も含め飲まない食事はしょっちゅうしているのに、なぜか節酒を始めた後からこの事実に気づいたことだ。夕食時に飲まないときは飲みたいという気持ちを若干抑えているのか、それが故に感覚が鋭敏になるのかもしれない・・・。

いずれにせよ感覚というのは相対的なものである。条件や状況が変わると簡単に感じ方が変わる。あるいは新しい感覚が立ち上がる。

感情だってそうなんだろう。数年前に亡くなった自分の愛犬(チワワ)のことだが、私はこの子は世界で一番自分のことが好きなのだ、と信じて疑わなかった。ところが家のリフォームの関係で一時人に預けなくてはならなくなり、元はといえばその子をペットショップでみつけて私に「推薦」してくれた知人の家にもっていった処、彼の顔を見るなり私の犬は見たこともない程相好を崩し、家に入るやいなやゆるゆるにくつろぎ、目はただひとり彼しか追わず、リフォームが終わって迎えにいったときには明らかに「帰りたくない」というそぶりを見せたのである。

その子自身もそれまで気づいてなかったかあるいは忘れてたかもしれないが、私はそのとき「自分は2番だったんだな~」ということを、悟ったのであった。

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by zelan | 2017-02-19 21:27
2017年 02月 18日

みどすけに関する観察

三井住友銀行のマスコットであるところのかわうその「みどすけ」がえらく気になる。
名前の割に典型的に「緑」と聞いて思い出す結構黄みがかっていて彩度が高めの色からやや遠く、かな~り青っぽい。緑青(ろくしょう)色っぽくもある。

みどすけの色は媒体によっても結構変わる。銀行のショーウィンドウにいる場合、ポスターの中、パンフの場合など、微妙という範疇をやや越えそうな程度に色味が異なって感じられる。この前TVに出ているのをみたらもっと違っていた。ただしこれはモニターの設定やなんかも関係していると思う。
ちなみにみどすけの父はパパすけ。母はママすけ。もはや言うまでもないが祖父祖母もそのスジで揃えてある。みどすけも直接話法だが家族全員そうだ。でも直接話法を徹底するなら、あおみどすけにすればいいのに。

みどすけは前からいるが、この色が気になりだしたのは最近である。
自分の解釈では2月でまだ寒いとは言え、脳内が少しずつ春になりかけているからではないだろうかと思う。季節ごとにからだが変わるせいなのか、気になる色も変わっていくことが多い。




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by zelan | 2017-02-18 10:14
2017年 02月 14日

迷わないコツ

私は方向音痴なので地図を印刷して出かけても6割位の確率で道に迷ってしまう。で、手に地図を握りしめたまま人に道を聞くという間抜けな状況にしばしば陥るのだ。道に迷って犬に連れてかえってもらった話 もこのブログに書いたことがある。

そんな私がほぼ必ず道に迷わないのは場所が文章で示されたときであって、XX駅のYY改札を出ると正面にZZ銀行があり・・・うんぬんと説明が全て文で書いてあればまず大丈夫。次にいいのがマンガみたいに簡略化して書いてある、よくショップカードにのっているみたいな地図で、地図を読むのがうまい知人などはこれを「ウソ地図」と称してかえって毛嫌いしているが、私はこれが好きである(それでも迷う)。最悪なのはGoogle mapみたいな「本当の地図」。これなどもう、サイト上で出たとたんにうへ~という気分になり、地図がこれであるが故にその場所に出かけること自体をやめたくなる。というか、実際にやめたこともある。

今日所用があって虎ノ門方面に出かけたのだけど、珍しく一切迷わず目的地にたどり着いた。地図だって本物の大人の地図だった。実は自分は今日普段と違うことを試みたのだ。いつもなら地図の全体を見てああいってこういって・・とある程度頭の中でシミュレーションしてから歩き出すのだが、今日は次曲がるところまでしか地図を見なかった。で、その角に来ると次の角までを確認するのだ。そうやって進んでいったら迷わずに着けた。

これっていわゆるスモールステップとかエラーレスとか、認知科学だか脳科学だかで最近?物事うまく進めるために称揚されてるアレじゃないかしらん。今後も使ってみよう。これが本当のコツなのか否かは、あと10回位いろんな場所に迷わずに着けてから判断しても遅くないとは思うが。








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by zelan | 2017-02-14 20:50
2017年 02月 13日

一番好きなゴミ

自分が大好きなゴミ、それはプラスチック包装材や容器だ。中に入っていたものにもよるが大抵の場合ゴミというには汚れておらず、ぴらぴらふかふかしていたり潰しやすかったりして圧縮できる。どれ位好きかというとたまにだが玄関に半透明のゴミ袋をひとつわざわざ出しておいて、このゴミが出るたびにその中に入れる、というのを数日間楽しくやっていたりする。圧縮できるから相当入れられる。最後口から溢れそうになったのを中に押し込んで小さくして口をしめ、大きさの割に軽いと思いながらゴミ置き場に持って行くのも、物理的にも足取りが重くならないことはさておいて他のゴミに比べて随分と気分がいい。例えて言えば動く歩道を歩いている感じ(あれも好き)。なんか労力の割に成果が大きい気がするのである。

知人のひとりが昔猫を飼っていたのだが、ある日彼がリビングの壁際に寄せてあったソファーを久々の掃除のために動かしてみると、ソファーの背と壁の狭い隙間に知人のタバコを包んでいたものやスーパーの袋を始めとするプラスチックの薄物がわんさと詰め込まれていたそうだ。その人の猫さんはわざわざごみ入れからそういうものばかりをよりだして、コレクションしていたのである。

その子の関心と私の関心は種族を超えて何かしら共通の理由をもっているのか、それとも全然関係ないのかはわからないけど。


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by zelan | 2017-02-13 21:06
2017年 02月 13日

絵具

絵具というのはつまり人の意識の等価物なのではないかと思う。絵具の流動性がそれを表しているような気がしてならない。(もっとも絵具が常にゆるゆるの形態をとっている訳ではないが、描画時にはそうなるものが多い。)
そういう意味ではすべての絵画は版画であって、つまり人の意識を支持体に視覚的に外在化(転写)しているのである。
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by zelan | 2017-02-13 20:43
2017年 02月 12日

真夜中のクッキング

最近のマイブームは「クッキング」という言葉である。といっても料理のことではなく、例えば夜寝る前に、込み入っていて簡単には答えのでないようなことを少し考え、まっいっかと寝て朝起きた時に解決策を思いつく、みたいな。こういうときに「寝てる間にクッキングした」と思う訳だ。ちなみにこの現象は最近の脳科学では既に立派に認知されていることのようである。たしかに、ギリギリ考えてる間に妙案が浮かんだということはついぞない。ヘタな考え休むに似たりとは言うけれども、積極的に休んでしまった方が考えがヘタでなくなる可能性が高い。

閑話休題。失敗した(してる)と思いつつ実は成功の種をしこんでたり、成功した!と思っていい気になってる内に失敗の基礎を盤石にしてるなんてかなりありそうな事態だ。つまり我々、しょっちゅう、「クッキング」してる。
昨今の政治状況を見るに、一体今何をクッキングしてるんだろう、と考えるとコワくなったりもする。

さて、「マイブーム」という言葉を創ったみうらじゅん氏によれば、この言葉は本来、自分だけで盛り上がってることに使うのではなく自分の関心を世のブームにまで押し上げるというアグレッシブかつポジティブな意味合いで使うものらしい(実例:ゆるキャラという元々は氏独自の着眼が、今や一大産業)。であれば私のこの「クッキング」という言葉、真のマイブームにはなりそうにないなあ。

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by zelan | 2017-02-12 22:38
2017年 02月 10日

正解の諸相

正解は自分が明らかに正解であると知っているものと、知らないものがある。
また正解にはひとつしかないものと、たくさんあるものがある。

例を出せば以下の通り。

自分の知っている正解:
夜、遅くとも12時前に寝た方が夜更かしするより体にはいいこと。

自分の知らない正解:
この絵にひく次の一本の線を、どこにひけば絵の価値を10倍あげられるか。

ひとつしかない正解:
今もう11時50分だとしたら、今すぐ寝た方がいいこと。

たくさんある正解:
絵の価値を10倍にする次の線のひきどころ。即ち、それはひとつではなくたくさんある。

たくさんあることは経験的に事実だが、ある線をひいたとたん、(絵の価値を上げることにおいては)たくさんあった解のひとつを選んでおらず不正解だったとわかることがある。そうしたら、そこからまた次の正解を求めて歩を進めないといけない。ちなみに正解がたくさんある性質のものは、失敗の経験を積むことにより正解の選択率を上げていく必要があるように思う。それがいわゆる修行とか鍛錬とか練習とかいうものかもしれない。
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by zelan | 2017-02-10 22:19
2017年 02月 09日

本日の陥穽

私の3人の家来、というかその使役っぷりにおいては3匹の奴隷といってもいいが、全員が壊れた。
プリンターとスキャナーとカッティングプロッターである。(最後のはデータから紙やマスキングテープをデータ通りに切り取る機械で、版画の版を作るために使っている)。

絵具を塗ってまだところどころ乾いていないしわしわの極厚紙を流されるとか、スキャンの読み取りガラス面に直に氷を置かれるとか(中が結露した)、朝から晩まで働かされるとかブラックな使い方をされてきてしかも全員が全員もう既にご老体でそろそろ交換部品もなくなる頃だったので、殿(私のこと)はもうしょうがないと思い、昨日新人を採用に行った。
採用は無事終わったが本筋はここではない。

「結束バンド」が問題だった。
プロッターを取り外そうと思ったら、USBケーブルと電源コードが3か所ほど結束バンドでとめてある。自分はちょっと神経質でコードがばらついているのが目に入ると気が散るので100円ショップで買ってきたそれでとめたのだ。四角い頭の中にギザギザがついたバンドを通して止める例のあれだが、当然のことながら単に引っ張るだけだとギザっているバンドが四角頭の何かひっかける機構によって抜けない。バンドは細いものだしハサミでぱちんと切ってしまえばよさそうだが、絶対再利用できそうな感じがしてネットでみてみたら案の定、四角頭の小さいツメみたいのを押し下げればロックが外れてバンドは抜ける、とある。早速やってみる。

抜けない。

まずそもそも数ミリしかない頭についているはずのツメが薄暗い机の下にもぐり込んでいる自分には目視できない。感触であてずっぽにひっかいてみたりおしたりしてみるが、結束バンド自体が束ねたコードのまわりをくるくる回ってしまうこともあり無駄な努力であった。あるんだかないんだかわからないツメをこちらの爪で探ったり、バンドが回転しないようなクレバーな持ち方がないか試したりしている内に7分位がたった。回転しないように持つ、ということについては微妙なコツ的方面の体感が芽生えはじめたが、相変わらずあっていいはずの場所にツメらしく反応してくれる箇所がみつからないのである。自分はいやになってきて、一つ目はハサミで切ってしまった。ところが不思議にも、切ってしまった後でツメっぽいところを操作するとバンドが抜けた。コードに巻いた状態だと微妙な角度の問題なのか、抜けないのだ。
いずれにせよかなりの敗北感を感じ、外国の人が解説しているどうやってロックを外すか動画を見てみたが笑ってしまった。なぜなら彼女も動画で世界に発信している割にはえらく苦労していたからである。これでは最終的に外れるか否か以外は、私とあまり変わらない。自分はそれから更に10分ばかり格闘し、結局あきらめてのこりの2つもハサミで切った。だいたい私は結束バンドをまだ何十本も持っているのだ。「再利用できるかも」という自分の着眼と、これ位のことはできるという小器用さを自らに証明したいという思いへの執着が陥穽となって、すぐ終了できると思っていた機器の取り外しに想定外の時間をくってしまった。

さて、情報が多いとろくなことにならない状況は珍しくない。いつでも調べられる、得られる、ということはいい面ばかりではない。いやむしろそれがいいとか悪いとかよりもそういう状況に対するこちらのリテラシーが重要なんだろう。これだって最初から外部の情報に頼らず、自分の頭と目で機構の微細な所まで理解観察してから試みていたならば、バンドはちゃんと抜けてくれていたのではないかという気がする。

ただ結束バンドにそれだけのエネルギーを使う必要があるか、外部の情報がいくら進化してもそれを私に教えてくれることは、多分これからもずっと、ないだろう。
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by zelan | 2017-02-09 15:57
2017年 02月 04日

眼医者の武蔵

眼が少しばかり充血して眼医者にいって診察を待っていたら、コンタクトレンズが初めての人に入れ方を指導しているスタッフの人が近くにいて、

「(コンタクトを)入れようとすよりむしろ、目をあけておく、って感じで・・・」

と、いう言葉を発したので自分は耳をそばだてた。盗み聞きみたいで申し訳ないが、もう急にその言葉が100ホン位の勢いで耳を通りこして心を射抜いたのである。だって人はコンタクトを入れようとするのだ、入れるところなんだから。それなのにその心性をシフトして、いきなり「目をあけておく」ことに意識を使え、というアドバイスである。

もちろん特に初心者においては目に異物を入れようとした際、つぶりたくなるのは当たり前、即ちこれは得たい結果(コンタクトを装着する)に対し最大の障害であるところの目をつぶってしまうことに対する「抑制」の指示なのだからとても合理的ではあるんだけど、単なる合理性では片づけられない、なんだか宮本武蔵の五輪書的な、極意伝授の響きがある・・。なぜなら人はいつだって何でもとくかくやりたいことがやりたくてしょうがないのだ。それは某国の大統領の昨今の行動及び雰囲気を見るとちょっと象徴的にそういう風なんだけど、もとい、コンタクトを入れようとするとき、その意識に占拠されるとそれを可能とする背景状況(この場合は目を反射的に閉じずにあけておく)まで意識が到達しないのが普通である。つまりこの助言若干、「超人たれ」と言ってるみたいな・・・・。

絵を描く際によく強調にされるのが、ポジティブスペース(主たるモチーフの輪郭やその内側)と同等にネガティブスペース(モチーフの輪郭から外にある、つまり一見背景になっているような部分の形態)を認識するということなんだけど、これはそれに近い。ポジばっか美しくしようとしてもネガが忘却されてたら全体としては美しくならない、即ち目指すところの達成の機会を逃すのである。

ということで急に頭を忙しくしていた私だったが、目の充血は単なるドライアイのせいだった。目薬だしますか、ほっといても引くと思いますけど、とお医者さんに言われ、「目薬を入れる習慣がないので・・」というよくわからない理由を言ってそのまま帰ってきた。料金は丁度千円だったが、上記の名言を聞き及んだ対価としては安かった、かなりトクしたような気がする。
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by zelan | 2017-02-04 23:10