原初のキス

zelan.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧


2017年 01月 26日

Gallery Art Point(銀座) 1/28(土)まで

銀座のGallery Art Pointにて1/28まで開催中のグループ展、
「ART POINT Selection I」に新作5点にて参加しております。

27日の開廊時間は12時~19時、28日は12時~17時です。
28日の14時頃より在廊の予定です。
ご高覧お待ちしております。

会場地図:http://www.art-point.jp/access/
[PR]

by zelan | 2017-01-26 23:01
2017年 01月 22日

グループ展ご案内:Gallery Art Point(銀座)1/23より

明日1月23日(月)より28日(土)まで、銀座Gallery Art Pointにてグループ展に参加致します。

<概要>
■展示名:「ART POINT Selection I」
■会期:2017年1月23日(月)~ 1月28日(土)
開廊は12:00 – 19:00 (最終日のみ17:00まで)
■会場: Gallery Art Point 
地図:http://www.art-point.jp/access/

独自技法によるモノタイプ(一点刷り版画)、コラージュ等の近作5点を展示致します。
ご高覧頂戴できましたら幸いです。
[PR]

by zelan | 2017-01-22 22:59
2017年 01月 21日

感覚に従い、感情に逆らう

今日ふと思ったんだけれども、作品を創る上において、「感覚に従い、感情に逆らう」ってのは結構大事。
何かを判断するよすがとなる「感覚」というのはしかし、それまでの経験や研鑽からしか構築されていないけど、ともかくもそれが個々の制作者の最も強力な味方であることは間違いない。一方「これって既にこれこれの人がやってしまっているのでないか」とか、「あ~この方法取ると異常に時間がかかる」などの疑いや怠惰に関連する思い即ち感情は、大抵の場合制作及びその結果(作品)の邪魔にしかならない。

ただし感情は感覚の偽装をして現れることがあるので注意が必要だ。ほんとうは「めんどくさい」と思っているのに、いやこの(めんどくさい)方向で進展させない方がよさそうな感じがする・・・などと巧みに自分をだまそうとする。このウソを見破ることもまた、とっても重要なのである。
[PR]

by zelan | 2017-01-21 22:48
2017年 01月 16日

開催中及び開催予定の展示について

開催中及び開催予定のグループ展示のご案内です。

1. 藝文京展2017(京都)
公益財団法人京都市芸術文化協会主催
「文字~書からカリグラフィー,タイポグラフィーまで~」
1月15日~2月11日
於:京都芸術センター

2. ART POINT Selection I展(銀座)
1月23日~1月28日
画廊選抜の6名によるグループ展。50号新作を含むミクストメディア作品を複数点展示の予定です。
於:Gallery Art Point

3. 金谷美術館コンクール2016入選者展(千葉)
優秀賞を受賞しました。
2月25日~5月7日
於:公益財団法人 金谷美術館

ご高閲頂けましたら幸いに存じます。
[PR]

by zelan | 2017-01-16 16:00
2017年 01月 10日

カレーと絵画

カレーの香りと、それが食べ物であることくらいは知っているが、実物を見たことも食べたこともない人が、あるときおいしいカレーを作りたい、と心底思う。その人はたまたまスパイスのことは知っていた。それでまずスパイスをお湯で溶いて飲んでみる。なんか香りから感じられるイメージとふくよかさが違う、そこでまた自分の知ってるものの中から、肉や野菜を足したりなんかして、更にはケチャップなども加えてみる。作ってるつもりのカレーは実際にはハッシュドビーフみたいになったり、とろみのないスープカレーみたいになったりする。その人はついにはとろみを出すという発想や材料にたどりつかないかもしれないし、途中でそれっぽくなったボルシチ方面に趣向変えするかもしれないし、五香粉と花椒で中華にしたり、あるいは度重なる失敗に腹を立ててカレー粉味焼き野菜でよしとするかもしれないし、とにかく自分の目指したカレーなるものが実現されるまで必死に執着し気づけば完全なる美味カレーを作ったりそれを超える次世代カレーの発明者になるかもしれない。場合によりカレーを作るのはあきらめ、スパイスの研究者になるという手もある。飽きてしまったり絶望を感じて結局の処カレー作りから手を引くというのもありがちなシナリオであろう。

というのが何かと言うと、知人が言った絵を描くことの例えである。絵を描く人は概ね、カレーの香りと、その本体がおいしいだろうことは知っている(よい絵画の価値、あるいはそのたたずまいみたいなもの)。ただ作家は常に自分のまだ見ていない作品を作る訳であって、実行においては結局総体からすれば極小かつ断片にすぎない知識を頼りに実験で調整・製造していくしかないし、構想から逸れてもいいし逸れなくてもいいという自由すぎる自由さの扱いが微妙だ。結局自由すぎるとき、初めて自分の絵に関する立場・方針というものの必要性が出てくる。それが自分で自分の絵を描いていくということかと思う。
[PR]

by zelan | 2017-01-10 15:00
2017年 01月 10日

お正月の切り口

先日近所にある会社の前を通りかかったら立派な門松が設置されていたのだが、その竹の切り口の角度が、後ろに近い方が鋭角(角度が急)、前側が鈍角になっていて、つまり途中から少し折れたようになっていたのである。自分は大いに驚いた。まっすぐに切り落としてあるのが普通のような気がするが、随分と凝っているではないか。あるいはこれが正式版なのか。

その日会った友達に喜び勇んでこの発見を報告したら、「知ってる・・・」とのことであった。ちぇっ。

それはともかく、自分にとって興味深いのはそのことへの気づき方で、一旦門松の脇を通り過ぎそうになり、どことは言えないがなんか変な感じがしてわざわざ戻って見たのである。人間の周辺視野とその認知性能のデータは知らないが、結構なことに気がつく(気がついてしまう)。それを確認したことの方が、門松の竹の切り口問題より重要度が大きいかもしれない。
[PR]

by zelan | 2017-01-10 14:12
2017年 01月 05日

2年ぶり

いつも使っているバッグからポケットティッシュをとりだそうとして探っていたら、いきなり手袋が出てきた。
これこそ、私が2年もの間、なくなってしまったと思っていた青い地の上にヒョウ柄っぽい斑点の入った(そういうとあまりお洒落に思われないかもしれないが実物はそれなりにお洒落な)お気に入りの手袋ではないか・・。

毎日のように持ち歩いているバッグの中に入っていたのに気づかないとはこれいかに、と思った自分の脳のCPUは激しく動き、バッグの底板の下になっていたのではないかしらん、と思って即座にその仮説を確かめる。すると案の定、それは片方しか固定されていなくてパタパタする構造だった。でも通常はバッグの内側についているポケットに軽く押されていて簡単にパタパタしないようになっており、今やや荒っぽく中を探ったがために底板が動いて下に潜り込んでいた手袋が日の目を見ることになったのである・・・。

先日書いたリア充同様、自分の仮説が実証されまたささやかなリア充を感じた。本年もこのように、仮説から検証へという健全なサイクルを回していこうと思い、新年の抱負とする。
(失せものの発見のみならず、どういう領域を主として仮説~検証の実戦場として攻めるか、についてはもう少しストレッチな抱負も別途定めたい・・・。)
[PR]

by zelan | 2017-01-05 15:33