原初のキス

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2016年 11月 30日

工夫

イタリアンで会食していた際、知人がパスタ等で白いシャツを汚すまいとして紙ナプキンを胸元に挟むのだが、すぐ滑り落ちてしまうので困っていた。自分は可愛そうに思い、バッグの中に書類があってクリップで挟んであったらそれを留め具にすればいいのではと思い見てみたが、あいにくその日は打ち合わせがなかったので何も入っていなかった。そこでボールペンのキャップを外し、貸してあげた。

工夫すればなんとかなるというのは事実なんだろう。絵を描いていて必要欠くべからざる、と思っていた画材がふと切れてしまうことがあるが、結構なんとかなる。そのうち洗濯のりでも絵が描けるようになるかもしれない。昨今の洗濯のりの成分はポリビニールアルコールなど、つまりは樹脂だ。アクリル絵具も樹脂で、顔料は15%位しか入っていないのだから粉か液体の顔料をのりに投入すればそこそこ緩い絵具状のものには原理的にはなる。
エド・ルシェってアメリカの画家は昔キャビアで描いてなかったっけ。ただのりはのりなりの表現を追求しないといけない。そこのところでまた工夫が必要になるだろう。
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by zelan | 2016-11-30 13:19
2016年 11月 28日

今日のリア充

最初にリア充という言葉を聞いたときはびっくりした。昔は充実と言えばリアルに決まっていたからだ。概念としてリアルが分離されたからには、ヴァーチャルでいて充実する(しうる)という位にヴァーチャル方面がそれこそ充実・進化したからで、資本主義社会的にはめでたいことに違いない。

ところで本日自分は大変にリア充だった。エレクトロラックスのコードレス掃除機の具合が悪くなり、5ミリ角の紙切れすら吸い取れなくなってしまったのだ。大体音がでかすぎる。一週間位これで結構不自由し、部屋は埃っぽくなるし閉口していた。もしやと思い掃除機の掃除をすることにし、各部品を外し始めた。それにしても部品を外すためのボタンやフックみたいのがいちいち超固く、「自分は今間違ったことをしている」という確信がどうしても生まれてしまうので何度も取説を確認するが、いっこも間違ってない。力任せ方面に努力し、取れる部品は全部取った処、案の定吸い込み口の少し奥がごみで完全に閉鎖していて、ピンセット、綿棒、ウェットティッシュを出動させ業者なみの(多分)クリーニングが終了、掃除機は完全復活した。

思えば、ここ2,3週間の中で最大のリア充事案はこれだった。
・問題発生
・解決のための仮説構築
・やってみる
・うまくいく
という黄金の流れでリアルが展開したからだ。

まあでも掃除機の復活でこんなによろこんでていいのかな。
他によろこぶことがあってもよさそうなものなんだけど。
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by zelan | 2016-11-28 13:43
2016年 11月 20日

制作!?

今日とある駅の地下にある、イートインのおにぎり屋さんの脇を通ったら、壁面に人材募集の紙が貼ってあった。
「仕事内容:おにぎりの制作・販売」と書いてある。自分は内心とっさに「制作じゃなくて製造ではないのか」と思ったが、「製造」にしてもいまいちしっくりこない。ここでは工場みたいにラインがあって、大量のおにぎりが1分間に100個くらいばんばん生まれている訳ではないからだ。むしろ「制作」の方が、作品の制作みたいにクリエイティブな感じでよいかもしれない。(と、考えた途端になんでも視覚的に展開しがちな自分はご飯の周りにシャケや明太子、海苔の佃煮など15種類もの具が所せましと貼り付けられた「クリエイティブ」な、おにぎりが目に浮かんだ。)

もしこの広告のコピーを自分が任せられたとしたらどうするだろうか。私なら「仕事:おにぎりを握る、売る」にするだろうなあ。広告にはかわいいおにぎりのイラストなんかも添えてある訳だし、制作・販売より楽しい感じがする。

ただ、おにぎりを握る、というのは言葉が重なってる。とはいえいくらおにぎりがおむすびでもあるからといって、おにぎりをむすぶ、ではおかしいし・・・。

まあ日本語的に穏当なのは、「おにぎりをつくる・売る」かもしれない。
でもこれだったらむしろ「制作・販売」の方がおもしろい。
結局の処、これでよかったのである。
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by zelan | 2016-11-20 00:07
2016年 11月 19日

カンタンのその後

昨日壁に紙を貼ることに挫折した私は、それでもしつこくカンタン(に考える、行動する)について思いを巡らしていたのだが、なら適時頭の中で、「カンタン!」と自分に言う(あるいは命令する)のがいいのではないか、と思いついた。

これはいいアイデアかもしれない。なぜなら考えることにはヴィジュアルが伴わないので、フォントとか紙の色とかレーザー刻印などで過剰なマチエール(表面の材質感)を追及するとかいう要素がないからである。自分は視覚系だから絵を描いていたりするので、なんかやろうとするとついヴィジュアルにこだわるという、これは避けようがないのだから、壁に紙を貼るのはやめよう・・・。

しかし、目の前に貼ってあれば受動的にしばしば気がつくけれど、思い出すとなると適切なタイミングで自律的に思い出さねばならない、これはそもそもカンタンが苦手な自分にとって、できることなのかできないことなのか。と、考えて結局ことを複雑方面に進めてしまった。

きりがない複雑化習慣である。でもそんな風に「メタ認知」できてるのはいいことだし、「カンタン」という概念がちょっと入っただけでなんらか自分にはいい影響があるはず。そうカンタンに考えるようにしようと思う。
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by zelan | 2016-11-19 00:01
2016年 11月 17日

カンタン

何事も簡単と思えば簡単で、難しいと思った途端に難しくなるのだ、という仕事術の一文を読み自らを振り返っていたく感じ入った私は、「カンタン」と書いた紙を壁に貼っておこう、と(本気で)思ったのである。

あからさまに視覚化しておくことは脳にそっちの方向への刺激を与えるのでよいことだ。しかしいざ実行に移そうとすると・・

「常に目につくのだからどうせならちゃんと作りたい」
「フォントはどんなのがいいだろうか、カジュアルにして気楽さを醸し出すか、きちっと美しいのにするか・・・」
「紙の色や厚みはどうしよう、でも紙は安っぽい、いっそのこと業者さんのとこに行ってレーザー刻印のボードを発注しようか・・(一万円位かかるかも。データもフォトショで作って持ち込まねば・・)」

とどんどん頭の中が複雑な方向に展開していってしまった。

「カンタン」にそこまで感服したなら、今すぐA4の裏紙に手近にあるサインペンで、「カンタン」と殴り書きして壁に斜めに貼るくらいの大胆な所業に出ればいいものを、そもそもそういうことが絶対にできないたちだからカンタンに惹かれたのだ。

我々が習慣にがんじがらめになっていることかくのごとし、と認識した今日のできごとであった。
(と結論づけ、結局まだ壁は白いままである。)
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by zelan | 2016-11-17 21:15
2016年 11月 17日

四季と感覚

各季節で鋭敏になる感覚があるというのに最近改めて気づく。食器を洗っているときに日頃気にもとめていなかった水の音をふと感じたからである。そういえば春は店先の花の色が気になり、夏は通りを歩いていて飲食店からの匂いを何メートルも先から感じ、秋は虫の鳴き音がやたら大きく聞こえる(因みに自分は虫の音が嫌いなのだ、友人から外国の人みたい、日本人の感性ではないと言われたが)。

これらはある程度理屈で説明できそうである。比較的色彩の乏しい冬からの変化で春は色、温度で物質が揮発しやすいので夏は匂い、音は涼しくなってくると空中の伝播がよくなるので秋は聴覚について感度が増すのかもしれない。

これから本格的な冬に向かっていくと五感の何が研ぎ澄まされるかな。
残ってるのは味覚と触覚だが、自分の仮説ではそれは味覚である。味覚と触覚は生理的には近い感覚かもしれないけどシンプルに触覚といったらかじかむからちょっとちがうかも。

食べるものがおいしくなってくるかもしれない。たのしみ。
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by zelan | 2016-11-17 12:01
2016年 11月 13日

化粧とマナーと妄想

電車の中で化粧をするのがマナー違反か否か、という議論が昨今話題とのことだが、自分とすればそれは声の大きい人同様ちょっと迷惑ではあるがことさら騒ぐほどのことでもない。でも「ちょっと迷惑」というのはマナー違反なのかなあ・・・。これをつきつめるにはそもそもマナーとは何か、というありがちな定義問題に絡めとられそうなのでここではおいておく。

自分といえば電車の中で決して化粧をしないけれどもそれはマナーを尊重しているというより単に自らの美意識に照らして下品な感じがするからだ。

一方、ほんとにいついかなる場合も電車で化粧がちょっと迷惑だったり下品なのかと考えれば、必ずしもそうではないはず。例えば自分が男子と仮定し、井川遥ばりの美人の同僚とある日一緒に営業に出かける。社内ミーティングで出足が遅れ、先方の会社に着くのがギリギリになりそうな車内で、彼女が、「ほんとうにごめんね、口紅だけ塗っていいかしら」と申し訳なさそうにさくっとソレをする。自分が男子だったら絶対よろこぶ。

つまり化粧というのはプライベートだ。ステテコに腹巻で縁側に寝そべっている(今時そんなバカボンのパパみたいな人がいるかはともかく)のとそうは変わらない。そのあたりの人として当然の違和感が電車化粧マナー問題の根底にあるんだろう。

自分は目くじらはたてないけどね。ちょっと迷惑な気もしつつ観察してると結構興味深い。そこまで変わるか、と3分くらいで豹変する女子がいる。かなりエンターテイニングである。
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by zelan | 2016-11-13 23:42
2016年 11月 03日

ねこねここねこ

先日散歩の途中で寄ったカフェで知人と回文あそびをした。

考えはじめていきなり知人が、「ねこねここねこ」どう?というので一瞬お~っと思ったが、書いてみると回文でもなんでもなかった。知人は他にも、「さとうのとさ」と、土佐が砂糖の名産地かのような文も作ったが、これも下から読むと「う」と「の」を逆転せねばならず回文ではない。

速やかに行き詰まった我々は制作プロセスについて議論し、短い単語の組み合わせを中核としてそこから膨らませていくのではと想像して、私が「三鷹の馬鹿な河馬の形見」という正真正銘の回文をやっとひねり出した。
そのとき知人が、「こんなことやってるのは時間のムダのような気がする」と言うのでそこでやめた。回文から解放された知人はテーブルの上で両手で軽くリズムをとっている。それは時間のムダではないのか、と問うと、「これはクリエイティブ、回文はルール通りにしなくちゃならないからクリエイティブでない」と回文マニアが聞いたら怒りそうなことを言った。

時間のムダかどうかはともかく、回文は脳を使う。本気で研究する人がいたら、半年もあれば認知機能向上等に関する医学的エビデンスが(多分)得られるだろう。笑うのも脳にいいらしいし、うまくいってもいかなくても笑えるので、一石二鳥である。
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by zelan | 2016-11-03 00:43
2016年 11月 02日

グループ展のご案内

以下展示にて入選し、展示されておりますのでご案内致します。

展示名: 第28回しんわ美術展(一般社団法人津山しんわ文化財団主催)
会場: 岡山県津山市新魚町17番地 アルネ・津山4階(津山市立文化展示ホール)
会期: 10月28日(金)~11月6日(日)

お近くにお越しの際はお運び頂けましたら幸いです。
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by zelan | 2016-11-02 16:11