原初のキス

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2014年 11月 04日

ハエの恩恵

恵比寿と渋谷の間にあるビストロでひとりで食事をしていたとき、他に二組ほどの客がいるのに自分のまわりだけ一匹のハエがぶんぶんと飛び回り、テーブルや近くの壁を闊歩するだけならまだしも一瞬でも気を抜くと飲みかけのワインや料理の中に飛び込みそうになるので注意しているだけで疲労困憊してしまった(ちなみに料理はそこそこだが、味わうだけのこころの余裕は皆無)。
で、1杯1000円なりのボルドーのグラスには外壁とはいえ飲み口の近くにしっかりとまられてしまい、店の人に「あのー・・」と言って換えてもらったりしたのだ。

自分だけなぜかくもハエに気に入られたのかを考えた。他のテーブルには話の内容からはファイナンシャル・プランナーであることが1ミリの疑いもなく明らかな、自分と同年輩の女性3人、もうひとつのテーブルには多分地方から来ているらしい親戚だか家族関係の人々のやはり3人組。彼らが私のように15秒ごとに顔の前で手をふりまわしたりしていないところをみると、ハエはことさらに私及び私の食しているものだけを好んでねらってきている!

想定できる理由は10個くらいあるかもしれないが、自分がかなりアヤシイ・・と思ったのは、彼らが喋り、私がひとことも言葉を発していないことだった。都合よく携帯に電話でもかかってきてハエが退散してくれれば検証できたかもしれないけど、検証のためにわざわざ自ら電話をかける程の根性及び科学者的実証を重んじる心性を持ち合わせていなかったので、「ハエはにぎやかに話している人々がきらい」という仮説をうちたて、とりあえずこれは正しい、と自分にしてはめづらしく決然と判断することにしたのである。

さらに食事が進んだころ、ハーブティーや一緒に供された一口大のチョコレートが残っているにも関わらず、ハエは突然やってこなくなった。眠くなって寝てしまったのかもしれないし、彼ないし彼女はハーブティーとチョコは歯牙にもかけてないのかもしれない。新しい仮説が際限なくでてきて頭のCPUはやき切れそうだったけど、ふと考えると2000円分のワインを1000円で飲んだ自分はハエさんのおかげて何のソンもしていないのだった・・。
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by zelan | 2014-11-04 23:10
2014年 11月 03日

マメ度ゼロ

マメである、ということは世の中的には人として評価されうる資質のひとつな訳だが(女子から見た男子方面なんかについては特に)、自分のマメ度はかなり低いのであってそれは主にブログとかFacebook方面に現れる。

そういう私でもたまさかFBをチェックしたりするとなんか「過剰に幸せなフリみんなしているなー」と思ったりする。私は根があこぎでないのでできるだけ多くの人に幸せであってほしいと思っているけれども、いくらなんでもこんなに多くの人が幸福感満載みたいな生活ではないのではないか・・。それとも自分だけ比較的ジミなのかしらん。

という話を友達としていて、彼は「ネガティブなFBもたまにある」というのだがあまりお目にかかったことがない。2ちゃんねるは暗黒ネガティブエネルギーがうずまいていたのになんでFBは・・と問うと、「2ちゃんは匿名だから。」だって。FBは外ヅラの世界ってことかー。

・・なのかな。FBにせよなんにせよ深く関わらないとその本質はつかめないと思うので、マメでない自分としてはただ想像のうちにとどまっているだけだ。
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by zelan | 2014-11-03 21:47
2014年 11月 02日

ゴミ屋敷のなぞ

ゴミ屋敷っていうけどなぜ「屋敷」なのかしらん。結構4畳半一間とか、そういうところのゴミ屋敷も多いような気がするんだけど・・・。

たかがゴミとはいえなにものかが過剰に豊かに存在する状況はなんらか「屋敷」的相貌を帯びるのかもしれぬ。

ちなみに自分ば度胸がないので決してゴミ屋敷を自ら実践しようとは思わないけど、その割にはかなり興味があり、以前このブログにも記事を書いたことがある。
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by zelan | 2014-11-02 23:43
2014年 11月 02日

月におびえる

少し前だけど、打ち合わせからの帰り道、自宅の最寄駅のそばを歩いていてふと空を見上げたときに、あれっ?と思った。月がなんだかヘン。

どういっていいかわからないが、カゲの入り方がいつもと違う。
まだ薄暮といっていいほどの、暗くなりきっていない曇りがちの空の中に、それはでっかく不吉な感じで輝いており、いわゆる半月という状態なんだがいつもとは微妙に違うのである。

「半月お月さまブタの鼻」という子供の頃聴いた歌を、盛り上がってきた不安感とは似つかわしくない感じで唐突に思い出しながら周りをみたら、たくさんの人が携帯やらカメラやらを構えて路上でソレを撮っていた。どの顔にも妙な緊張感が漂い、穏やかな顔つきの人はひとりもいない。きっと、雲のかかり具合がめづらしい感じになってるだけ!、と自らを必死に慰めつつ不安はいやが上にも高まって恐る恐る月のどこがヘンなのかそれでも気丈に観察すると、ブタの鼻っていうくらいだからほぼまっすぐであるべき黒(カゲ)と白(月の明るい部分)との境目が、ありえない妙な弧を描いていることに気づく。

もしかして月に何かがぶつかりそうになってて、くだけちゃって地球が滅亡するかも、という観念が、去年?みた「メランコリア」という傑作ゲージュツ映画の記憶とともに襲ってきた。とうとう本格的にコワくなって頼りになりそうな知人に電話をしようと衝動的に携帯に手をのばしたが(滅亡するんなら電話したってあまり直接的ヘルプにはなんないけど)、同時に今晩のご飯はどこにしようかと駅ビルの中に歩を進めていった自分である。月が砕けたってもそれがどれくらい地球に影響するかを科学的な意味では知らないなあ、と考える程度の冷静さを保ちつつ。

さて、自分がいまだかつてその味に満足したことのない、最後の晩餐にしてはあまりにおそまつな力の抜けたイタリア料理店に向かう途中で、滅亡しそうな勢いならきっとニュースになってるよね、と思い、めったいにつながないがゆえにやりかたがよくわからずにもたもたしながらガラ系携帯のニュースサイトになんとかつなげる。「月」と入れてみると、なんということもなく、「月蝕」のニュースが上位のすべてを占めていた。こころのどこかでは期待していたと言えなくもないが、実の処あまり、というかほとんど意識の表層には上ってきていなかったその情報を読みながら、期待通りの多分原価率3%位のまずいワインを飲んで、この夜は一件落着。

件の知人にことの顛末をメールしたら、「考えすぎ!!」だそうだ。多くの人は謙虚というのは人の資質として優良なものだと思っているだろうが、私は自分のことを潜在的には天才ではないかと思っている。ただしこういうムダなことに貴重な脳細胞を使わなければ、の話。そしてほぼ四六時中、こういうことに派手に脳味噌を使っているのが私という人間なのである。

月の異変におびえまくった話をした知人は、新聞に出てたでしょ、と言った。しかし自分がチラ見している日経には出てなかったか、出てても数行程度だったろう。月蝕にだって多少の経済影響はあるかもしれないが酷暑や暖冬ほど顕著ではなく、日経は月蝕に大部の記述をさくほど暇じゃない。だいたい、大地震のときもベクレルの話が日々ろくに出てなくて、月が多少ヘンどころでなく毎日びびりまくって早急に故郷の北陸の地に逃げ帰った自分が日経をとってたのは幸いなことであった。知人がその頃見せてくれた朝日はベクレルの記事が満載で、ひとつかふたつそれをみせられただけで自分は震え上がっていたのだから。
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by zelan | 2014-11-02 16:30
2014年 11月 01日

いい言葉

以前このブログでも書いたのだけれど、改めていい言葉だと思ったので再録。

Prevent the things you have been doing and you are half way home.

アレクサンダー・テクニークという東京藝大でも音楽家の教育に用いられている西欧の歴史ある身体技法の創始者アレクサンダー氏の言葉。

いままで当然のごとくやってきたことをしないでいられるならば、目的は半ば達成できたも同然、ということ。
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by zelan | 2014-11-01 23:33
2014年 11月 01日

ToDo管理の困る点

メモ魔としての自分は、ToDo管理にも余念がない。ToDoを管理しているだけで一日終わってしまいそうな勢いだ。実際、ToDoを書いたり、その管理方法に腐心したりしない方が、自分の効率はおそらく30%増しくらいにはなるであろう。

それはともかく、「ToDo管理方法を一本化しよう」と努力してきたつもりだが、長年の経験の結果それは人間の本性に反する(少なくとも人類の一員としての自分には)、という結論に至りそうになっている。あるときはOutlookの「予定表」に日ごとにすべきことを入れ、あるいは「タスク」に実行予定日込みで入れる、と思えばワードに入れてプリントアウトしたり、無印で買ってきたチェックボックスつきのToDoメモ帳みたいのにサインペンで書いてPCの横に置く。強粘着ポストイットでPCのモニターのふちに貼る、というのも当然試みる。

で、いずれも「これがこれまでで一番よさそう、これで徹底していこう」と思うのはほんの数日か長くて一週間くらいで、あるやりざまから別のやりざまへ、流浪の民みたいに移ろい続けるのである。

まあ分析的にみるならば、そのときどきにたまっているタスクの量や性質が、このツール選定や遷移に関わっているだろうことは類推できる。無印のメモの1枚に書ききれないくらいになるとワードにしたくなるし、今日(あるいは明日)絶対やるぞー、これのみに集中してでもやらねばまずい、と思われる逼迫したタスクがあるとポストイットの出番となるのだ。

・・結局は諸行無常ということですね。だったらToDoの方策が変わるのも無理はなく、そんなものだと思っておいていらつく必要はないのかもしれない。でも世の中のToDoハック系の書物はむしろ首尾一貫、みたいのを重視してるような気がするけど、結局くらげが海の中でたゆたふごとくに、我がToDo管理の方策は定めがない。

一方、「本当に仕事のできる人はToDo管理になんか凝らない」というのが真実ではないか、というのが、自分の考えであって、実の処これにはかなり自信が、ある。
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by zelan | 2014-11-01 22:01
2014年 11月 01日

感覚の選択性

恵比寿から渋谷に向かう道を歩いていてふと、「匂いに注目してみようかな」と思ふ。(匂いに注「目」というのもなんだけど。)

するとその直後から、瞬間瞬間変遷する、ものすごい匂いの波が押し寄せる。カレー屋があるとすれば7,8メートル前から(カレー屋があることを知らずとも)カレーの、というかカレーのスパイスの「これクミンが強めだな」」みたいな精妙微妙な香りがし始める。それが終わると勝手知ったる明確な有機溶剤の匂いだ(カラースプレーとか使うので)。やはりほどなく「看板製作店」が出現するという具合。

人は何%くらい、自分の感受性の可能性を使って生きているのであろうか。仮に3%くらいだとすると、空費している部分はいったい何に無駄遣いしているのかな。
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by zelan | 2014-11-01 21:32