原初のキス

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2013年 05月 18日

新式時計

今日行ったライブのピアニストの上に腕時計が光っていたのを見てふと思ったのだけど、携帯する時計ってなんで、腕の、手に近い方に巻きつけるるか、首からぶらさげたりポケットに入れたりするか(これいわゆる懐中時計だけど昨今殆ど利用されてないだろうなあ・・)っていう形態が主なのかしら。それに時計ってばよほどのマニアでもない限り、大体において1~3種類程度のを毎日とっかえひっかえしているだけ(というか自分はいつも同じのをしてる)でもありますね。

ワンデイアキュビューみたい日々とっかえられるように、デザインも色々と違うぺらぺらの時計がシールみたいにシートに貼ってあって、そこからはがして体や洋服のいたるところにぺたぺた貼りつけられたりしたら、おもしろいんじゃないか。

仮にそういうものができたとして、自分が買うかどうかはまた別の問題だけど。
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by zelan | 2013-05-18 23:19
2013年 05月 17日

エア思考

思考ってみんなエアじゃないのか、といえばそうでもないのであって、頭の中で漠然と「時とは・・・」と抽象的に想いをめぐらすのと、時計を眼の前において、「さて、でかける前の20分を何に使うかな」と考えるのとでは、同じく脳による思考作業と言ってもその性質において天と地ほどにも違う。

さる著名な美術家の方が、「対象なき思考なんて思考の名に値しない!」と明言した瞬間を自分は目撃したことがある。かのフランシス・ベーコンも、「絵のイメージは頭の中に次々現れるけれども、問題はそれをどう現実化するかということなのだ」と言っている。

んー、この文の主旨においてベーコン発言は少しずれたかもしれないけど、もとい、思考というものは、それに関連する事物や現象が実際に目に見え、手で触れられるような状況のほうが、質的に、つまりは実用性という観点から、上になるんじゃないか、というのが、自分の仮説である。
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by zelan | 2013-05-17 00:38
2013年 05月 09日

えらい人々に関する思い出

以前勤めていた会社のさる重要な会議の事務局をしていたことがあるのだが、重要なだけあって偉い方々がたっくさん出席するのだけれど、「オレの席、どこ?」と聞く人が何人もいるので閉口した。席次は会議室の前に貼ってあるが、そんなものご覧にならない方も多く、それ(席誘導)専門に1、2名の役員秘書さんをはりつけたりしていても、40名くらいもいる役員の顔を一人残らず覚えている秘書さんと違ってたまさか自分に直接聞かれたりすると、内心「名をなのれ!名を!」と言いたいのはやまやまながら、「でも、役員の顔を全部覚えきっていないのは自分の人格がはなはだ未熟なせいだからではないかしらん・・」と今から思えばムダに心的エネルギーを浪費していたのだった。

ともかく、どんなに偉くとも、人が自分のことを知っていてしかるべき、と思う態度に自分はくみしない、ということをここでは言っておく。って、自分にしてはめづらしく居丈高にはなるものの、私だってそこまで偉くなったらそういう気分にもなるかもね。まあ、そんなことはそこまで偉くなるために払った努力に対する、自分が自分に提供するささやかなご褒美程度かもしれないけどさ。
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by zelan | 2013-05-09 22:28
2013年 05月 03日

存在の好き嫌い

目薬、という存在が自分はあまり好きではないことに気づく。必要な人もいるだろうし、好きでないからといって世の中から排除したいと思うほど思い切りのいい性格でもないが。

しかしこの世に存在するものすべてが、自分が今、好きか、嫌いかにわかれることは、これは事実としてきっぱりはっきりしたもんなんだろう。自分は亀は好きだがごきXXは好きでない(生命体なのに嫌っては気の毒だから伏字にする)。画鋲は嫌いだけど紙はコピー用紙から手すきの和紙まで基本いかなるものも好きで、体重は嫌いだが身長は好きだ。

では、「自分」が好きか嫌いか。これは「好き」「嫌い」の軸を一挙にとび超えて、好きだろうが嫌いだろうが、ただ単にいつまでもどこまでも「大切」なだけなんである。
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by zelan | 2013-05-03 00:42