原初のキス

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2012年 12月 29日

朝食と大敗

たまたま知人男性と朝食の話になり、何食べた?と問うた答えがこれ。

「オレンジの花の蜜と、メイプルツリーの花の蜜(「メイプルシロップ」ではなく花の蜜ね)を入れたヨーグルト、それに、塩をふりかけてない炒ったアーモンドを少し」ということであった。

妖精!?

自分はと言えば、りんご一個。妖精度においては、250倍位の完全なる敗北である。
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by zelan | 2012-12-29 22:32
2012年 12月 27日

いごこち

「おさるのジョージ」は大好きなんだけどテレビなんかでアニメを見たりするとどうも居心地が悪い感じがする。要するにあれは、「(素朴で純粋である、ということの結構な場合の付随条件としての)「おろかであること」を主題にししているんぢゃないかと思って・・・。いずれにせよなんだかジョージくんそのものがバカにされてる感じがするんだよね。あれほどまで人間社会になじんぢゃってるさる、ってのにも違和感を感じるのかなあ・・。
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by zelan | 2012-12-27 03:05
2012年 12月 27日

「おやじ」の国際性

おやじ、あるいはおぢさんって概念を以前シリコンバレーの技術系かつMBA系(「系」といふかそれそのものですけどね・・)インテリ青年に説明しようとして、「あのね、シンプソンズのお父さんの・・・」って言いかけたら即座に、「わかった!」って言われた。おやじというのは国際的に理解可能な概念だということがわかったこっちもおもしろかった。
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by zelan | 2012-12-27 02:38
2012年 12月 26日

やっぱりインタレストはマッチしてない

インタレストマッチだか何か知らないが、先日自分のブログに掲載されていてびっくりした広告は、「博多直送明太子」並びに「どうやって10日で体重を減らし、太ももをほっそりさせるか」、という話題である。

明太子は嫌いじゃないが自分の郷里には存在しなかったので(少なくとも昔は・・今は厳然と存在しているであらふ)、上京してそれを初めてスーパーで見たときに、「みょうたいし?、あるいは明(ミン)の太子、少なくもたいしなんだからえらい人に違いない。でもなんの記念でたべものにこの名前をつけたのか・・・」と一瞬で複雑な思考をめぐらしたり、ダイエットに至っては私はごくやせているので、これまでの人生で一切、ただの一瞬も関係のなかった代物。私に対する外し方が徹底しているので、逆に大変におもしろい。

そういえば私が先日、ちふれという化粧品のことをブログで書いたがゆえに、ブログを読んでくれている知人のモニター上に突然お肌をきれいにする化粧品の宣伝が、でかでかと出たのに驚いたと男性たるその知人は言っていた。

ほとんどヘタな鉄砲数撃ちゃあたる・・という世界だけど、でもほんとそうなんだろうな、ヘタだろうがうまかろうが、鉄砲ってのはとりあえず、まずは撃たなきゃ始まらない。
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by zelan | 2012-12-26 22:21
2012年 12月 24日

列挙のよろこび

ああ、気を散らさないためにPCの電源を落としたいのに、一旦パワーオフすると容易に再起動しなくなるという病気のため落とせず、テレビとの接触が不安定なDVDはすぐ画面が真っ赤か真黒になるし、カッティングプロッター(紙などを切り抜いてステンシル様のものを作ったりする機械)のソフトがすごく調子悪く、エアコンのリモコンは一度床に落っことしてから液晶が見えなくなってしまって操作の確認ができない。ステレオの右のスピーカーの高音部もずっと前から出てないし、時間の合せ方のわからない机上のデジタル時計は7分遅れていて日々付けて歩いている腕時計は5分遅れている。

しかし人間て不思議。ものごと列挙していると、こんなことでも妙に楽しくなってきて、「ほかに壊れているもの、ないかなー」と探す目線になり、そうそう、玄関のインターホンなんて、もうほぼ10年前から、鳴らないんだった、それでこれまでたくさんの宅急便屋さんを帰らせてしまい、不在通知をくらってまた連絡したりして、随分時間を使ってきたなあと、回想したりするのである。

あと台所の洗い場の頭上にある食器棚のドアがねじが緩んで取れてしまって、ずっと取れたまんまにしている(ドアは邪魔にならないところに置いてある)。見かけはすごいが、コップなどの出し入れがドアを開けるというワンステップ省けるのでえらく便利で、そのまま早くも数カ月だ。吸引力の変わらない・・とうたっている掃除機は立派に当初の1/5以下の吸引力になりさがった上に、ヘッドの中のぐるぐる回転するものが何かの拍子に外れてしまって今は空っぽのヘッドで本体に直に?ゴミを吸いこんでいるというありさま。ところが直に吸いこむことにより、低下していた吸引力の10%位はこれで補えてる感じ。
最後の二つの例に至っては、もはや「怪我の功名」とでも言えるようなポジティブな状況が生じている。
壊れてるものを列挙するのは楽しいし、たまにはいいこともあるんだから、悪いばっかりでもないな。

自分は「完璧主義です(少なくとも性向としては)!」と偉そうに人に言ったりしているが、このこわれに対するおおらかさには、完璧主義の片鱗もない。
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by zelan | 2012-12-24 22:12
2012年 12月 09日

じっくり

PLとBSをじーっくり見ていると見えてくるものがかなりあるよ、と知人に言われた。しかり。
もっとも、PLとBSにかぎった話ではない。
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by zelan | 2012-12-09 01:16
2012年 12月 06日

「感じる」と「考える」

東京藝術大学で音楽家の不調の防止や表現力の向上に関する教育にも用いられている、身体技法のアレクサンダー・テクニーク。先日その世界的に有名な教師の一人であるJeremy Chanceの話を聞いていた時、「何かを「感じよう」としているときはほんとうに感じることはない、つまりはその状態は、感じるということについて「考えて」いるにすぎないのだから。」と言ったのでびっくりした。びっくりするもなにも、アレクサンダー・テクニークに公私共にかなりの間関わっている自分はこのことは知識としては知っている、でも改めて聞くと、なぜかとてつもなくはっとするのである。

単なる知識と、ふとした瞬間にはっきり認識する、あるいは常にしっかり認識していることとは違う、さらには、明確に腹に落とした上での「実践」となると、これらはすべて、それぞれ別の次元にあるといってもいい位異なった事象だ。もちろん別に身体技法でなくとも、芸術だって同じこと。
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by zelan | 2012-12-06 00:47