原初のキス

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2012年 11月 29日

ちふれデビュー

先日近所の東急ストアで見かけて、ほぼ衝動的にではあるが、おそるおそる「ちふれ」デビューした。言わずと知れた老舗化粧品メーカーで、おそるおそるとは失礼な言い方だがあまりに安い。これまで使っている化粧品だって別に超高級品ではないけど、値段は10分の1くらい。

でも振り返るにいわゆる高級化粧品は実はあまり肌に合わないというのが自分の歴史だ。アレルギー体質なのでリッチな成分が色々と入っているのはだめ。例外は皮膚科医の開発したいわゆるドクターコスメだったけど、こちらは逆にあまりに高い。ドクターコスメのクレンジングを、ドラッグストアで売ってるようなものに変えたとき、さほど違いがなくて愕然とした。生涯における金銭的損失は、数十万円をくだらない。

で、ちふれがどうだったかというと、刺激がないのはいいが保湿性に若干の不満がある。乾燥するとかゆみがでたりして、結局のところあまり思わしくない。で、自分の経験的結論は、ごく安価な自然系化粧品はかぶれにくいが乾き、高級化粧品は潤うがかぶれがちということだ。もちろん例外があることは明らかだけれども。

それで自分がとる戦略が何かというと、アイテム毎に高級と安価なものを組み合わせたりして、日々自分の肌の状態を観察しながら石鹸はこれ化粧水はこれと実験してフォーマットを決めていくことである。アイテム数が多い上に、順列組み合わせが大量にあるのでほとんど「実験計画法」が必要になりそうな勢いだけど、でも美術の技能や技法開発にせよ、美容にせよ、生きることに関わるあらゆることにおいて、自分が重要だと考えるならばこういうことって必要なのじゃないかしらん、というのが自分の、結論。
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by zelan | 2012-11-29 00:04
2012年 11月 26日

何が

何がそこにないのか、を表現することができたら、それが絵であれ何であれ、随分面白いものになると思われる。
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by zelan | 2012-11-26 00:36
2012年 11月 19日

お犬の国籍

うちに住んでいる老犬は、チワワなので一応メキシコ原産ということになるらしい。言ってみれば国籍の違う者同士の国際同居である。

ときどき「外人(犬)だなあ・・」と思うのは、こちらがチーズやサラミを食べていると異常なる興味を示し、スリッパの上まで前足をのっけて大変に興奮している。で、熱視線に負けてかけらをやると瞬時にのみこんで、あまりに素早いので自分でも気づかないのか、「どこにいっちゃtったんだろう」とまわりをきょろきょろ見回したりする。一方大根の煮物や厚揚げの焼いたの等々には目もくれない。外人は外人だけどどちらかと言えばヨーロッパ的な嗜好なんじゃないかというのが自分の観察だ。

先日間違ってサンチュとトレビス(イタリア原産の紫色をしたキャベツ状の野菜)を床にこぼしてしまったら、かけよってきてトレビスだけを選んで食べている。やっぱりヨーロッパ人(犬)なのかなあ、この子、と思ってしまう訳。

ちなみに、チワワの起源については実は不明の点が多く、今チワワの歴史とされている事柄も推測の域を出ない、と犬関係のサイトで読んだことがある。
だから、ほんとうにメキシコ原産なのかなーと、思っているのである。
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by zelan | 2012-11-19 21:11
2012年 11月 18日

実感という罠

人間何かをしているとき、大抵のばあいその行為で達成したいことに対し合目的でないことをわんさかやってる。何かやってるように一見見えても、80%くらいのエネルギーは本来「そもそもやらなくていいこと」に費やしていて、何かやりながら実体としてはほぼそれでないことをやってるようなものだ。

でもだからといって、やらなくていいことをやめてみると、なんだか急に「何もやってない」感に襲われることが問題。実は、自分が「やってる」と実感するそのほとんどの感覚を、「やらなくていいことをやってる感覚」に依拠していたということだ。

たとえばの話、掃除機をがんがんかけていると、つい頭を押し下げ胸郭を狭めて不自由きわまりない力んだやりざまになるけれども、そういうとき(必ずしも頭の中で言語化してるとは限らないが)「掃除してるー」という感覚になっている。なぜそれがわかるかというと、そういう不自然な体勢をやめてみるとあまりにすいすい掃除できてしまうがゆえに、「掃除機をかける」という行為が他の生活の諸行の中から別にうきたって見えなくなり「生きることの一部」になってしまい、「掃除機を(こうしてがむしゃらに)かけている(自分って結構エラいよね)」感がなくなってしまうのである。

しかしこの、なくなってしまう感というのは誠によい。なぜなら、何もやってないという感覚はそこにスペースがあることを意味している。つまりほんとうに、こころの底から今やりたいことをやり始められる自由というものが存在し始めるのだ。
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by zelan | 2012-11-18 00:28
2012年 11月 16日

100円の思い出

これまで100円ショップで買った物品の品質面では、もちろん大半は大丈夫なんだけど、色んなめにあってきた、ということはこれまでもブログでとりあげてきた。色んなことを書いたのでこれも書いたことかを忘れてしまったのだが、思い出したので書く。

尊敬する美術の先生がカッターで紙をまっすぐ切る際に定規を貸して、と言われて渡したら、紙ではなく定規の方が切れてしまい、あきれられた。それでもこりずに自分で使い続けていたら、ふと気をぬいたときに定規ごと指も切ってしまい血がびゃーびゃー出た。
キーボードを血だらけにしながら、「指を切ったとき」とWebで調べて、あやうく医者に行くところだった(押さえても15分以上止まらなかったら医者に行けとあったから12分くらいでとまったのでいかなかったけど)。

良いのりというのはくっつける紙の上はするするとすべり、一旦はったらしっかりつくが、100円で買ったのりはくっつける紙にたいしてはやたらべたべたしてその紙をしわくちゃにするくせに、いざ貼って乾くとすぐ浮いてくるのだ。

どう考えても100円物品の壊れ方はこちらを笑かそうとしている風にしかみえない。だから多少なりそれも期待しながら、ついつい買ってしまうのである。
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by zelan | 2012-11-16 23:01
2012年 11月 15日

健康と時間

鍼灸師さんに勧められるセルフケアの数々、朝の足湯から始まり各種ストレッチ、散歩、仕事の量のセーブから睡眠、更には心の持ち方まで、すべてを実践するとすれば一日のかなりの時間それに費やすことになる。でも結局これらによってすごく元気になることはほぼ確実で、それがからだの真実というものだろう。現代に生きるとすれば、完璧に実践するのがかなり難しいにしても(そういえば「完璧主義はいけない」とも言われた気が・・・。)

でも現代こそほんとうは、やろうとすればできる時代という気もするけどね。こんな風にめぐまれた環境にいながら、なかなか正しいことができないとすれば、結局すべてをドライブしているのは、頭で考えすぎる、しかもまちがった内容を、また逆に感覚に頼りすぎる、正しくもない感覚に、ってことなのかもしれない。
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by zelan | 2012-11-15 00:47
2012年 11月 12日

年収

一昨日知人女子と話していてふと彼女が、「社内では年収1500万円、社外ではゼロ」という血も涙もない正しい言葉を吐いたのにぐっときた。まあそういう人って成熟の極みに至った大企業には少なからずいる。で、大企業はそれが故に業績がだめになるあるいは、窮地から抜け出せなくなってることも多いんだろうな。
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by zelan | 2012-11-12 00:41
2012年 11月 10日

美術はほんとうにはブレインワークのはずなんだけど簡単に手の仕事になる。
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by zelan | 2012-11-10 20:29
2012年 11月 06日

ことば

なにかものを創るときに自分の中でことばを使わないというのは、ものすごく重要なことではないかと思う。おそらくそれが小説だとしたって、同じことだ。

スマナサーラさんという仏教の有名なお坊さんが、ことばを使って考えるとすごく遅いんですよ、という意味のことを言っていらしたかと思うが、自分の実感としてもそれはある。既に知っている、わかっている、それが故に信頼していいことに関しても、ことばは限りなく干渉する。

というのがことばのある一面。もちろん自分は、ことばに対して全面的に懐疑心や警戒心を持っている訳ではないけどね。要は使いようだ。念のため。
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by zelan | 2012-11-06 19:56