原初のキス

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2012年 07月 25日

双子

友達からおもしろい動画を紹介してもらった。

いきがぴったりなのは双子だから当然としても、言語と身体が一体化しているのがすごい。

でも結局おとなになっても、微妙なレベルではまったくそうなのかもしれないなあ。
だから言霊とか言うんだよね。
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by zelan | 2012-07-25 21:42
2012年 07月 21日

今日の感心

レストランで食事をしていたら、近くのテーブルの側に立って遊んでいた5歳位の姉妹が、「いってきまーす」「いってらっしゃーい」と元気よく言い合って、結局ふたりとも、すなわちいってらっしゃいのセリフの担当者も、レストランの外の方に(と言ってもビルの中だけど)、走っていってしまった。

「いってらっしゃーい」と言った直後に自らいってしまうというのは、言葉がもたらす制約から未だ自由であるということだ。

意識的であるか否かはともかくとして、かなりすばらしいと言える状態のひとつであると、感心。
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by zelan | 2012-07-21 22:58
2012年 07月 11日

微妙

生活、人生、肉体、精神、制作、対人関係その他もろもろ生きている中で生じているあらゆる事象における、インプットとアウトプットの関係、事象相互の相関関係は一瞬一瞬かなーり震えるように微妙繊細な様相を呈しているのだけれど(そんなのほんの0.5秒ほどでも観察してみればわかる)、人というものが決して認めたくない真実のひとつが、これなのだというような気がする。

「気がする」とか言ってまたちょっと認識をオブラートにくるんだりする訳なんだけど。
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by zelan | 2012-07-11 23:09
2012年 07月 09日

めづらしく集めている(その12)

極めて優れた絵画というのは多かれ少なかれ悲劇的な感じがする。

というのは私の考えなんだけれど、以下はおそれおおくもフランシス・ベーコンの言葉。
「私が望むのは、自らの肉自体から立ち現れる肖像を描くことであり、そのようにして肖像というものを磔刑図に劣らぬ悲痛なものにすることなのだ。」
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by zelan | 2012-07-09 22:15
2012年 07月 09日

なぜだろうなぜかしら

大昔昭和のころ、「なぜだろうなぜかしら」という子供向けの本があり、自分はよく読んでいた。科学的な質問などをこどもが学者さん的なおとなにして、おとながそれに答える形で各項目が構成されている。「空はどうして青いのですか」などの質問が並んでいた。

ということを思い出したのは、Wikiで「水」という項目を調べたら、

「常温常圧では液体で、透明ではあるが、ごくわずかに青緑色を呈している。」
と書いてあって、 青緑色というところで自分はびっくりしてしまったのだ。これほんとなのだろうか。水って完全に透明じゃないのか。

でもおもしろいから、これ以上は調べないことにする。物事なんでも、わかればいいというものでもない。
水が青緑色かどうかという知識を求めるよりも、コップに入れた水がほんとうに青緑っぽく見えるか否か、自分の目で確かめた方が楽しい。
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by zelan | 2012-07-09 00:13
2012年 07月 06日

ホラーなひと

世田谷文学館で手塚治虫展を見た。大変な好展示で、彼の作品とひととなりについてリアリティーを持って認識することができ、結果、一緒に行った知人と、「この人働きすぎ!」ということで見解を一にした。

それはともかくとして、自分にとって手塚治虫という人はホラー作家である。ブラック・ジャックとかMWとかブッダとか火の鳥とか、あまりに冷徹すぎて、ほんとにこわい。なんでもこわいくらいでないと芸術にはならないということの、見本のような人だ。
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by zelan | 2012-07-06 00:52
2012年 07月 04日

リアル・・・

たまたまネット上で、「リアル女」という言葉があることを知る。言葉があること自体すごい。

言葉ができたことにより(10年前にはおそらくなかったはず)、例えば今これを書いてる自分なんかが、「リアル女」に分類されちゃうとすれば、「言葉」というものの機能からしてほとんど人権蹂躙に近い感じ。あーでも、「リアル女」には暗黙の年齢制限があったりするのかしら、とすればそれはそれで、言葉というもののなかなか微妙な使いようについて、思いをはせることができてしまったりする。
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by zelan | 2012-07-04 23:32
2012年 07月 04日

超不思議、というかあたりまえ

知人が送ってくれたモンドセレクション関連のリンクを今日クリックして(あれかなりあやしい香りがするっぽい・・・)、アレクサンダー・テクニーク関連の記事をこのブログに最近書いたことをもって、今日この広告がばっちり送られてくるのはあまりといえばあまりにすごすぎるのではないだろうか! (ていうか、ネット上の種々の活動をand検索して最適と思われる広告を送ってきてる訳ですね。)

「『立つ座る』の痛みは我慢しない
モンドセレクション受賞/たった1日2粒で健康的な毎日をサポート!」

これを「監視されてる」と言わずしてなんなんだ、って思うけど。
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by zelan | 2012-07-04 23:17
2012年 07月 04日

ささやかなぢごく

メモ魔であるが故に毎日大量に生成し、短時間では見返すこともままならぬ量になって仕方なくそれなりの時間をとって見返すと、すべてとは言わないがそのほとんどが何らか即時のアクションが必要になることもなく、将来に備えてとっておく価値もないものであることを見いだす。
書くこと自体がムダなんぢゃないのか・・・書かなければいいのに・・・とここに書いている内容もある種のメモとすれば、これはもうささやかなり一種のありぢごくみたいな感じ。

自分は高校生のときに、授業中(本来はないはずの)ヒマを見つけて教科書のはしに原稿用紙約3000枚分ほどにもなる、架空の街に住む架空の青少年及びそれを取り巻く大人たちの物語を書いた。たいしたことの起こらないたんたんとした話だったのであるとき捨ててしまった。そのエネルギーが薄くなってまだ身辺に漂っているのかもしれない。
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by zelan | 2012-07-04 21:29
2012年 07月 02日

動いても

アレクサンダー・テクニークの世界有数の教師から今日おもしろい考えを仕入れることができた。頭の中で言葉をあやつってさまざまなことを考えているとかなりの場合、身体のコーディネーションが固く、悪くなることが悩みなんだけど、それはもしかしたら、子供の頃に始まった習慣などから、自分が「考える」ということと「動かない」ということをつなげて考えている/感じている可能性があるのではないかということを指摘されたのである。

しかしながら考えつつ動くということはできる。実際教師のすすめでからだをはでに動かしながら「考えて」みたら簡単にできたばかりかおもしろかった。それに動きが仮に目に見えるほどではなくっても、我々の肉体は常に必ず、動いている。

(この先生はワシントン大学で演技パフォーマンス向上等に長く関わっているキャシー・マデンという方。)

http://www.alexandertechnique.co.jp/modules/contents/index.php?content_id=486
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by zelan | 2012-07-02 22:33