原初のキス

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2011年 03月 29日

レーズンバター

世の中が大変な中、脳細胞の働きは色々な方向に行くこともあり、どうしてかはどうしてもわからないけれど高校生位の頃に自分が結構レーズンバターという存在を好んでいたのを思いだす。
当時も今もさほど酒が強い訳ではないが、当然つまみにしていたのだ。
親は私が少々の煙草を喫ったり(今は喫わない)、酒を飲んだり、住んでいた所の土地柄なのか何も危ないことはなかったけれど男の子を平気で部屋に入れたりするとむしろ喜んでいた。

もとい、レーズンバターに関するWikipediaの記述はえらく簡単で、これが作ろうと思えば自分でも作れるものなのがわかる(多分)。

「レーズンバター(raisin butter)はバターにレーズンを練り込んだ洋菓子。卵白と砂糖を加え泡立てたバターと、ラム酒やブランデーに漬けたレーズンを練り合わせて作る。クッキーや薄切りにしたパンに挟み、バターサンドとして食す他、酒のつまみ、特に洋酒のつまみにされる。
なお、ドイツ近辺を起源として、葬式用の菓子として使われることもある。」

唐突に葬式用の菓子というのが衝撃だ。日本で言えば精進料理のようなものなのか。
最近スーパーで売っているのを見たこともない気がするけれど、意識の点で完全に「眼中にない」状態だったからかもしれない。好きだっただけあって結構おいしかった気がする。単なるバターでなく「卵白と砂糖を加え泡立てた」バターなのがきもなのかも。溶けるので氷の上に置いて食べていた。

なぜか昭和な感じの記憶だが、北陸の片隅でも人が集まるときに「パンチ」を作ったり(大きくて丸いガラスの器になんだか紅いしゅわしゅわする液体と切ったフルーツをたくさん入れて、器の周りには金具で銘々が飲むための小さいグラスをひっかけた・・・「銘々」というのもなんだか昭和な表現だ)、「昭和」と「外国」というものはかなりニアミスしている感じなのであった。当時自分も含め家族の中には外国どころか飛行機に乗ったことがある人もひとりもおらず、自分の町で外国の人などを見かけたりしたら、1年くらいは風貌まで忘れないほど超ドメスティックな場所及び時代だったけれど。

話はあっちこっち飛ぶけれども、「バター」という存在に好感を持ってきた自分に気づく。昔つきあっていた人に「料理のすべてにバターの味がする。」と言われたこともあるし。知人から「パンが好きだなあ。」ともよく言われていて、もしかしたら、パンでなくてバターが、好きなのかもしれない。

自分にとって、バターが象徴するものは何なんだろう。仮に卵白なんかが混じっていたりしてもたくさん食べられるものではないし、完全には「健全」な感じがする食べ物でもないが、一方塩などと同様、少しならああいう脂質はむしろ絶対に必要なんだろう。生命体から取得されて(取得させてもらって)プロセスして食す、ということにも何か「意味」があるような気がするのである。
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by zelan | 2011-03-29 17:44
2011年 03月 27日

道理

理由があって、ことが起きる。自然現象であっても、人のなすことであっても。
あたりまえのことしか起こらない、のが世の中。そう考えるのは、つらいか、らくか。
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by zelan | 2011-03-27 17:34
2011年 03月 26日

原発

原発について言えば、それが「選択肢」のひとつであって、色々な想定やら条件のもとに、選ぶか選ばないかを選ぶことができるもの、と認識していたのがそもそも誤りだったと自分は思う。

そういう意味で原発は「戦争」に似ている。

作家の平野啓一郎氏がツイッターで、手を使わなくすることでサッカーのあらゆる可能性が生まれたと述べていたが、何かを使わない、何かをやめることの巨大な便益、そこからひらける可能性というものは、確実に、ある。

「全体と部分」
http://zelan.exblog.jp/15640455
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by zelan | 2011-03-26 20:55
2011年 03月 26日

情報 - NHK

主な情報源として使っているのはこのサイト

NHK:
http://www.nhk.or.jp/

ツイッターのアカウントもある:
@nhk_news

英語での情報提供も。
http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/
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by zelan | 2011-03-26 20:15
2011年 03月 25日

おにぎりと情報操作

知人のブログを読んだ。
彼女のお母様が、被災地を支援してくれている外国軍の立派な体躯の方々をテレビで見て、(そのまま引用すると)「この人たち、被災地でちゃんとご飯食べさせてもらえるのかしら。おにぎりとお味噌汁じゃあ口に合わないんじゃない」とおっしゃったとのことである。

自衛隊などが現地入りするときは、自分たちの食糧は当然持っていくというのを聞いたので、アメリカ軍の人々がおにぎりを食べている図はあまり想像できないのだが、かといって具体的にどういうものを食べているか、私は知らない。勝手に「サンドイッチ」とかじゃないかと思うが、日持ちしなさそうである。そもそも、「日持ち」が重要な要素なのかどうかも。

我々に開示される情報というものは、ことほどさように、良かれ悪しかれ、善意であろうとそうでなかろうと、「操作」の対象となっている。それは、一日の時間が24時間しかなく、情報の送り手、そして受け手にもさまざまな思惑があることを思えば、ある程度においては致し方ない。しかしだからこそ、開示されている情報だけに頼るのでなく、自分の考える力や常識も使って、色々なことを判断していかなければならない、と、思った次第。

凪の風鈴
http://miltlumi.exblog.jp/12322639/
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by zelan | 2011-03-25 22:04
2011年 03月 25日

頭の問題は、わかるってことしかできない、ということかも知れぬ。わかっていないことすら、わかってしまうのだから。

まあさほどわかっちゃいませんよ、ということをよきにつけあしきにつけからだは言ってくれる。そこがえらい。
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by zelan | 2011-03-25 20:27
2011年 03月 25日

文章

このブログなんかにおける、自由に書いている自分の文は、かなり悪文の類だと思う。何か別の言語から、訳したものみたい。

前にも書いたかもしれないが、文というものにあまり愛を持っていないので、当然の結果だ。自分のであれ人のであれ、気になるのはほぼ文の調子だけ。それにすべてが表れる。

だから、文とは、一種の音楽である。
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by zelan | 2011-03-25 00:19
2011年 03月 24日

やること

目の前に仕事があるので、やっている。結構(というかそれなりに)健全。
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by zelan | 2011-03-24 22:20
2011年 03月 23日

久々の物欲

自分は物欲があまりない方だと思うが知人のブログで紹介されていて知った、時間が大体しか示されない時計はかなりほしい(所ジョージさんのプロデュース)。

家で時間が見たくないときなど、卓上の時計を裏返したりしているが、何かの折りに定時に短いアラーム音が鳴るようセットしてしまい、デジタル時計によくあるように操作がわからなくなって解除できず、1時間ごとに音がなるので時間がわかってしまうのである。上記の時計があいまいにしか時間がわからないというのは、大変魅力的に思う。

DAITAI時計
http://shopping.hobidas.com/shop/hobidas-direct/item/DA000344.html
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by zelan | 2011-03-23 22:50
2011年 03月 22日

ディテール

今いるホテルの壁紙は、3センチ弱くらいの幅の白と薄緑のストライプである。白い部分はごくうっすらとベージュがかっており、光があたると特に、いくらか金属めいた光を放つ。白と緑の部分、全体に眼をこらしてやっとわかるくらいの、ちりちりした模様が入っていて、小花の形を模しているのか単なる抽象的な模様なのかはぎりぎりのところで判別できないのだけれど、その花弁にあたる部分は1ミリの幅に3本くらい、ものすごく細い線が入っている。緑のところは何と言うか、抹茶をミルクでずーっと薄めていったような色だ。他の緑よりもどういう訳か、見ていると何かを思い出しそうになる色である。実際ヘミングウェイの短編集に、「何を見ても何かを思いだす」というのがあったのを今、思い出した。

現実のありとあらゆる場所に数えきれない、とらえきれない程の細部がある。そのことと、何万人という単位で人々の命が失われたことは、理性で理解しうるバランスというものを、超えたところにある。
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by zelan | 2011-03-22 20:52