原初のキス

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2010年 07月 31日

2010年7月31日 イメージと造形

自分が創りたいものは、触れたい肌のような、神社の鳥居のような、白い色のような、鏡のような、まっすぐな線のような、冷たい水のようなものだったりする訳だが、何をもってこれらに実際の形を与えるかということが、探求の対象。
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by zelan | 2010-07-31 00:57
2010年 07月 30日

2010年7月30日 止揚ととんかつ

やりたいことが、すごく違う方向性で複数あるんだよね、と今日来廊頂いてその後会食した知人に話していたら、似て非なるものはアウフヘーベンしにくいけど、すごく違ってたらかえってしやすいのでは、というのが彼の答え。なるほどなー、と思った。

新宿高島屋14Fの「かつくら」にて。小さいポーションのかつがあるので、夏バテで日頃の少食に拍車をかけている私にもおいしく食べられる。

しかし考えてみたらアウフヘーベン(止揚)もとんかつも、どちらも揚げるのね。

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by zelan | 2010-07-30 03:33
2010年 07月 29日

2010年7月29日 反美的生活のすすめ

中目黒のCow Booksで1977年に発行された池田満寿夫、横尾忠則の対談「反美的生活のすすめ」購入。「絵の描けるやつと描けないやつ」「女というのは変わらない」「宗教というのはだめですよ」「コラージュの方法論」等々の各章タイトルが気になったせいもあるけれど、決め手になったのはぱっと開いた頁に、テレパシーを徹底的に否定する人にテレパシーが強い場合があり、頭で認めてるわりに、全然鈍い人がいる、と書いてあったこと(横尾氏の言)。テレパシーなんて自分の関心の範疇にはまったくないけれど、こういうことが書いてあるとなんだかすかっとする。後者の類の人々が心底苦手、というのがあるかもしれぬ。

これから読むので中身についてはまだコメントできない。ただ、表紙なんかにある若々しい二人の顔写真の、やたらエネルギー発散系の強いまなざしに期待は高まるばかり。アーティストって元々は、大体においてそういう風貌だったような気がする。
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by zelan | 2010-07-29 00:00
2010年 07月 28日

2010年7月28日 書くこと、書かれたもの

私は考えながら書いたり、書くことで考えを深めるというタイプでなく、書くということは自分にとってわかったことやその時々の疑問などを生け捕りにして、備忘のために記録する行為である。だからそれで何かを美麗に表現するとかにはまったく興味がなく、興味があるのは正確さ、簡潔さだけ(もちろん修行中だけれど)。文というもの自体に、今はあまり愛がないような気がする。

いつのころからか小説を読むことすらやめた。それはすごいと思う文学に触れた時期と重なり、ある意味そういうものを読んだからとも言える。バーニス・ルーベンスの「顔のない娘」やポール・オースターの、「最後の物たちの国で」、アンヌ・フランソワ「壊れゆく女」、阿部和重「インディヴィジュアル・プロジェクション」などなど。小説というものの上では、無制限に現実には存在しないイメージや言葉を展開することができるのに、優れたものであればあるほどそれが逆に現実そのもののようになまなましいことが感覚的に厭だったのだ。少なくとも絵画など美術においてはそれが現れたときはモノであるから(絵具、とか空間における体積とか)、イメージと現実は、仲良く、いや時にはいがみあったり干渉しあったりしながらも、結局のところ等価に存在している。

しかし小説を読むのをやめるずっと前、高校生位の頃はむしろ文こそが自分の世界で、ほんとうと感じられることはいつも文の形で知り、認識するという具合だった。前にもちらっと書いたが、マルグリット・ユルスナールの「ハドリアヌス帝の回想」だったか、今手元にないので正確な文ではないけど、「美とは見事な過度である」という意味の言葉があって、何日も心の中で反芻したりしていた。
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by zelan | 2010-07-28 00:02
2010年 07月 27日

2010年7月27日 め

一瞥、というものの、精確さ。見れば見るほど、目は迷う。

それと、観察して正しく現象をつかむ、ということを、どう両立させるか。
両立させるもなにも、それが別々のものとしてあるとき、つまり一瞥は短く観察は長い、あるいは、視覚は感覚で観察は思考だ、と感じているとき、目と頭は十全の能力を発揮していないと思う。
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by zelan | 2010-07-27 00:02
2010年 07月 26日

2010年7月26日 タイトル

知り合いにKing Crimsonを日本に招んだ人がいるせいもあって、CDを結構もっているのだけれど、RedとIslandsが好きだと言った処、件の知人がこれらは女性にも人気がある、と教えてくれた。ツイッターでも書いたが、なぜか男性好み、ボディよりも脳刺激系のプログレ界において、Islandsなどは文字通り女性にも「とりつくしま」がある感じ。

ちなみに私が一番好きなKCの曲は、Three of a Perfect Pair。アルバム全体としては自分にはやや硬派すぎるけど。しかしかっこいい題だなあ。

ここから宣伝、会期中の当方個展の題は「Yin/Yang 陰陽」。陰陽という概念・現象自体も、一種のPerfect Pairである。

新宿ポルトリブレにて、8/2まで。
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/portolibre/
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by zelan | 2010-07-26 11:03
2010年 07月 25日

2010年7月25日 ミニマル

ミニマリズム、気になる、気になる・・(美術史上の狭義の意味のみならず)。制作の参考にしたいイメージのアーカイブを創っているが、いつのまにかそこがミニマルなものに席巻されている。自分が気になることって、世の中の(大抵の場合片隅の、でも確かな)動きの、「はじまりのおわり」的な時期が多いのだけれど、そうなのかしらん。

という話を友達にしたら、「ミニマルっていうことは、いつも、ずーっと、続いている。そういうものは、常に、あるよ。」という、もっともな意見であった。
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by zelan | 2010-07-25 22:09
2010年 07月 23日

2010年7月23日 是蘭 Zelan 個展 「Yin/Yang 陰陽」開始

先にご案内の通り、本日7月23日より、8月2日まで、新宿ポルトリブレにて個展を行います。
ご高閲頂けましたら幸いです。

■ 是蘭 Zelan 個展 「Yin/Yang 陰陽」

■ 会期:
2010年 7月23日(金) - 8月2日(月)
12:00 – 19:30  ※7月28日(水)休廊
会期中、基本在廊しております。

■ 場所:ポルトリブレ
東京都新宿区新宿2-12-9 広洋舎ビル3階
Tel: 03-3341-2992

ポルトリブレHP(含アクセスマップ):
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/portolibre/information.html
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by zelan | 2010-07-23 00:13
2010年 07月 22日

2010年7月22日 犬の答え

私はうちの犬に話しかけてその答えを自ら言うという遊びをよくしているが、これは自閉しているというよりむしろ、自分の表面上の人格から少し逃れて現実的バランスを取ろうとしているのである(恐らく)。
例えばXちゃんは随分休憩が多いんでないの、と問えば彼女は、「まさに、まさにこれが正しいんですよ、是蘭さん!」と言う。「そうかしら・・まあこっちの方がラクだから・・」程度の答えではない。つまり犬の答えは常に確信的ニュアンスが伴っている。そうやって、自分の優柔不断さを、いましめているということか。

以前、「こねこ療法」というのを書いたが、身近な動物というのは自分にとっていつもきわめて素朴に率直な存在なのであって、それは自分がなかなか発現できずに隠し持っている美点の、一種の象徴という側面を持っている。
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by zelan | 2010-07-22 00:03
2010年 07月 21日

2010年7月21日 にぶい

ちゃんとまじめに聞いているのに100回言われても全然わからなくて、101回目にようやくわかりはじめる、ということが私にはよくある。でこれは自分に限ったことではないみたい。極めてまっとうであたりまえ、基本的でシンプルなことほどそういう傾向があるような気がする。

ということを鑑みるに、「教育」とか「啓蒙」とかいうことは実に大変な仕事だなあ、と思う。職業としてそれらに携わっている人はもちろん、ものを良く知っている人、経験の深い人が、そうでない人をよくしようと、手を変え品を変え色んなことを言ったり、やってみせたり、おどしたりほめたり、相手が変わるまでそれらを続けるのは、よほど好きかあるいは「使命」と認識していなければできないことであろう。
だから私は、学びの場における先人をこころから尊敬しているのである。

で、おまけ的に言うならば、ゆえにそれらの人々が、人格とか行いとかを含め、ときに「んんっ??」ということがあっても、しっかり(確信犯的に)目をつむることにしている。
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by zelan | 2010-07-21 00:03