原初のキス

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2010年 04月 30日

2010年4月30日 逆バリ、もちろん過度に意図的ではなく

“In golf, the only way to avoid hitting a tree is to aim at it”という言葉を知人から聞いた。ゴルフで、林に突っ込んだボールを木に当てずに出そうと思ったら、避けようとするよりは木を狙った方が当たらない確率が高い、ということとか。

昨日、書に関する本を眺めていたら、まっすぐ線を引くと、かえってまっすぐという「質」が失われる、と理解できる教えが書かれていた。

コラージュなどでも、モチーフの中にあえてウソっぽい要素や不自然な運動性を入れておくと、むしろ全体が「リアル」に見えることがよくある。
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by zelan | 2010-04-30 00:29
2010年 04月 29日

2010年4月29日 キタナくっても、大丈夫

日本人は、何でもものをきれいにしたがる、汚い(と自分が感じる)ものをすごく恐れる。
色々な例はあるが、例えば先の新型インフルエンザが流行り始めの頃、日本人のマスク着用率が諸外国に比べ非常に高いためWHOがその効果について大変興味を持っていたという話がある。おしぼりや割り箸、などもその類かもしれない。特に女性には潔癖症が多くて、人が座った座布団は必ず天日干しするとか(うちの母・・)、バスタオルは一度使っただけでも洗うとか、そこまでせずともよいのでないか、と私などは思う。
日本は湿気があって、何でもすぐカビたり腐ったりするからその反動かしらん。

時折、自分は常にキレイで、ケガレは外から入ってくるもんだという風に思ってる節もほの見える。
キレイかキタナイかは、自分の都合にすぎず、絶対的なものがある訳ではない。ケガレというのは単に、「自分の目的に合わないこと」である。健康でいたいのにインフルエンザウィルスにやられる、とかね。
まあそれも自分の都合として、嫌なら適切に防御すればいいが、キレイとキタナイは実のところキレイだの、キタナイだのという以前に、「そういう状態」にしか過ぎないものだということを、考えるとなんだか妙に安心する。しかしそこで安心する自分もまた、キレイ至上信仰に、かなりやられているのである。
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by zelan | 2010-04-29 00:10
2010年 04月 28日

2010年4月28日 期待

期待というものをどう理解するかは色々あるだろうが、最も基本的なことは、期待とは、不明確な事象に対してのみ発生しうるある種の感情であり思考である。逆に言えば、その程度のものに過ぎない。
だから私は、「期待する」という言葉が、嫌いである。
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by zelan | 2010-04-28 00:15
2010年 04月 27日

2010年4月27日 おはらい箱

大切だがなかなかできないのは、早く寝ることと重要なことから着手すること。
目の前に読みかけのちらしがあったり、返事をしていないたわいないメールなどがあると、つい気になって片づけたくなる。
結果、必要なことをやるのが遅くなって、夜更かしになるという次第。

「ヴィジュアル系」と知人に言われるのだが、見かけではなくて、目に入った刺激に対する反応に「遅延」を生じさせるのになかなか困難を感じる性格。
今やらなくてよいことで紙など形態を保っている物品をとりあえず隠しておく箱を買おうかと考えたが、今度は多分その箱が気になるに違いない。もっともその箱自体目に触れないように隠してしまっても生活には特段の支障がないことについては、80%位の自信がある。
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by zelan | 2010-04-27 08:43
2010年 04月 26日

2010年4月26日 誤解されている順番

わかるからできると思いがちだが、実際はできるからわかるという場合が多い。
美術もそうだし、スポーツや仕事、家事、その他多くのことが、そう。
できるという体験がなければ、その細部にわたって、またそのプロセスについて具体的情報を得て、理解し、次の行動にフィードバックすることはできないから。だから、よく言われるように、やってみるということが本質的に重要なのだろう。
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by zelan | 2010-04-26 00:02
2010年 04月 25日

2010年4月25日 穴に落ちた話

自分に対してはともかく、あまり人に対して怒るということがない性格だが、ごくごく稀に怒ることがある。

かなり昔大学生だった頃に、大雨の日があって、大学構内が水浸しになっていた。膝近くまで濁った水がたまっているので、何も見えない。そろそろ歩いていたら急に穴に片足が落ちて、腿の上の方までびしょぬれになった。泥水の下の排水溝の蓋が、開いていたのである。

傍に立っていた守衛に、「なぜ蓋を開けているんですか。危ないじゃないですか!」と言うと、「水を流すためですよ。」と彼は言った。このときはさすがに腹がたった。

それが、真剣に怒った今のところ最後の記憶である。
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by zelan | 2010-04-25 00:51
2010年 04月 24日

2010年4月24日 人類

本質的には社交性のかけらもないのに(そう見えるかどうかは、別)、これまで人にさほど嫌がられず敵も作ってこなかったのはむしろ、個々の人間というものに実はあまり興味がないからではないか。年をとるごとにこの傾向は強くなってきており、人間がだんだん「人類」とかさらなる上位概念の「いきもの」に見えてきて、大人も子供も、国籍も、差異ではなくその共通の何かの方にかなり比重を置いて見るようになる。

ただ、差異を見ること、共通のものを見ること、これは例えば身体における部分と全体のように、行き来したり、ときに重ねて見たりするのが一番いいかもしれないな。人間の認識ってでも、たいがいの場合どっちかに寄りすぎて、寄りすぎることによって振り子みたいに逆方向に動く。つまりある極端さをはらみながらそれをエネルギーに行ったりきたりして、ヘンなことしなければだんだん利口なバランスに至るように進んでいくんだろう。
その程度には、自分は楽観主義者である。
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by zelan | 2010-04-24 00:02
2010年 04月 23日

2010年4月23日 文

現象が記憶から逃げ去ってしまいそうなので、文を書く。
しかしなぜ去るままにしておかないか。
自分の思考も含め、現象は消え去る。
だから文を書くとは、本質的に人間の吝嗇からきているのではないか。
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by zelan | 2010-04-23 00:25
2010年 04月 22日

2010年4月22日 ハトよりこわがり

夏の頃だったが、奥沢の駅で友達と待ち合わせをした際、駅前の噴水が急に吹きあがって飛び上がるくらい驚いてしまった。噴水の縁にいたハトたちは一羽としてぴくりともしなかった。
私を驚かしても誰も得をしないのでムダだが、それにしてもたいていの、特に駅前の噴水というものは、大変にムダな感じがするのはなぜだろう。なんだかもっといいお金やスペースの使い方がある感じで、存在そのものがふにおちない。
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by zelan | 2010-04-22 21:04
2010年 04月 21日

2010年4月21日 ものまね健康法

「ジョジョ立ち」というものが存在するのを知る。荒木飛呂彦氏の漫画『ジョジョの不思議な冒険』に出てくる、複雑にからだをひねった独特なポーズなのだが、やってみると(やってみました・・)、すごーく気持ちがいい。他人のポーズというのは当然のことながらその通りは自分ではやらないので、別人格が入ったように筋肉の緊張・弛緩のセットが変わる。
つまり原理的には、うちの犬が、自分のざぶとんをかじったり、丸くなって眠ったりしてるポーズだって、真剣に1,2分でもやればこれと同じ効果がおそらくあるはずだ。いや、これはもう断言的に、絶対に、からだにいいはず!
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by zelan | 2010-04-21 00:42