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原初のキス

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2019年 06月 17日

汝自らを

自分を理解するということはどうやら重要なことらしい。自分探し、などの言葉があることでもそれは知れる。
美術だって自分を理解することは必要だ。なぜなら、どうして他ならぬこの自分がそういう作品を創っているのかを理解している方が、その理由を還元・強化してよりよい作品を創っていく上で有利だからである。

でも、自分を理解するのはそう容易なことではない。
先日夕食の際に赤ワインを飲むかネグローニを飲むかえらく迷った。ネグローニはカンパリを使ったカクテルで、赤ワインとは赤っぽいということと苦みがあるということでなんとなく共通項はあるものの、醸造酒と蒸留酒であるし、片方は混ざってないし(「葡萄」は混ざってるかもだが)一方はミクストドリンクなので違うところの方が多い。
自分は何らかの理由により数多くのドリンクメニューの中から比較的素早くこの2種を候補として選んだ(選ぶことができた)。しかしなぜ他は簡単に排斥されちゃったのかを知らない・・、そしてどうしてこの2つの間でかくも迷うのかもわからない。自分のことなのにわからないのだから恐らく自分は自分を知らないんだろう・・・。

5分位迷って結局ネグローニにした。どうやって決めたかというと、その瞬間の自分の体に聞いてみた。
かくして私はその時多少なり自分を理解したのかもしれない。
でも世の中における自分を理解するの自分とは、もう少し長いレンジでの「自分というもの」であるような気がする。長い時間でもって、過去やなんかからも遡って自分がどういう人間であったかを考えることも意味はあるかもしれない。でも、逆にそれを考えすぎちゃうことによって、失うものも多いような気がしてならない。



by zelan | 2019-06-17 21:15 | 未公開
2019年 05月 11日

展示のリアル ~ クリムト展@東京都美術館

都美術のクリムト展へ。

展示は行ってみないとわからない。足を運ばない限り、作品やそれに対する自分の反応のリアルを経験する術はない。チケットやポスターなんかに印刷されてる作品に最も感動するとは限らないというのもひとつ典型的現象だ。個人的には今回の場合もしかりで、自分はバーンとしたこれ、「ユディトⅠ」
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ではなく、最初の方にあった初期の小さな肖像画「レース襟をつけた少女の肖像」がえらく面白かったのである。(こちらのサイトの中程に図像がある。)
理由は単純で、同じ画題で隣にあったフランツ・マッチュの絵と比べたから。

マッチュも素晴らしい画家ではあるが、本作品に関して言えばクリムトと並べると、後者による少女の顔を見ているときのみ自分は、あー、この子この後どんな人生を歩んだのかしら・・となんかちょっと感情移入し心配になったりしてくるのだった。なんだか人生の普遍的重みみたいなものが現れてて、マッチュのきれいに描きましたこの絵も少女及び画家の当時の状況も特に問題ありません、というのより、イメージの時間的広がりのある表象内容に刺激されるというか・・しっかりとひっかかったのであって、そこで自分は表現というものについて、少しばかり脳を使わせてもらったのである。

あとはオイゲニア・プリマフェージの肖像なんかの、背景とメインモチーフがとけ込むように、装飾的意匠でつながっていて必ずしも人体部分が目立ってないのが、クリムトがどんな人格だったかはっきり知らないにも関わらず、これやるのそこそこコワかったんじゃないかしら、と思った。
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以前高名な作家の先生がふと、「絵には種々のお作法がある」とおっしゃりそれを聞いた自分は震え上がったことがあった(今もそうかもしれないが昔は更に構図だの色だののお作法を知らずかつ、お作法には基本絶対に従わなければまともに作品は作れない、と信じていたからである。今は前より随分図太くなったが)、クリムトの生きていた当時だってメインのモチーフをしかるべく浮き立たせるというのは基本のお作法だったはずだ。それを日本の影響だったかなんかも含めてあったと思うけど、確信犯的に平面的に処理していくときのクリムト氏の内面状況はどうだったであろうか、と、勝手に想像した次第。まあコワおもしろい、といった風だったかもしれないけどさ。もしかしたら関連の文献が残ってるかもしれないし、学者さんや評論家さんは調べてからもの言う必要があるが、自分はそのどちらでもないので、「感想」として述べさせて頂く。

ところで一緒に行った知人が、全体として、「もっと明るいところで見たかった。」と言っていたのも面白い。金箔を用いたものなど、確かに光があればずっとピカーッとして楽しかったはず。為政者のお城の中とか、教会なんかの中に置かれているのが主の絵とは違うだろうとは思う。でも個々の作品に最適な光の状況ってのは違うし、作品保全の問題もあるから、結局の処美術館で見るような絵画の展示におけるリアルは、残念ながら担保されてない要素も大いにあるのである。

東京都美術館(上野)にて7月10日まで


by zelan | 2019-05-11 22:52 | 未公開