原初のキス

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2019年 02月 17日

思いつき

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思いつきというものは歓迎すべきものだ。大抵の思いつきには、速度と必然性がある。いじりまわされる前の状態の思いつきは、寿司とか採れたての野菜のように、美味しいことが多い。


# by zelan | 2019-02-17 14:25
2019年 02月 15日

卵を塗る刷毛

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刷毛(ハケ)というものは消耗品である。結果に対し悪影響を及ぼさない範囲においてコストは抑えられた方がいい。ということで100円ショップの刷毛なども試すことがあるが、大抵の場合派手に毛が抜けるので後悔する羽目になる。メーカーを変えたりしてみても全般的に言えば100円ショップの刷毛は毛が抜けに抜ける。

しかしながらある日例によって100円ショップを徘徊していた私の目はキラっと輝いた。
そこは料理コーナーで、料理に使う刷毛が売っていた。パンを焼いたりする時生地の表面に卵黄を塗ったりしますよね、そういうような場合に使う刷毛。かなりコシのある樹脂製らしき毛が密に植わった幅5センチぐらいの平筆形状のものだ。
私の灰色の脳細胞は即座にこれの毛は絶対に抜けないことを確信した。だって料理に使うんだからそう容易に毛が抜けてはたまらない。自分の技報は特殊なので、このコシの強さを使える場面もあるだろう。家に買って帰って即座に実験。案の定、普通の100円刷毛だとワンストロークで10本ぐらい抜ける毛が、ただの一本も抜けないことを確認し、狂喜した。

・・と、いうやや世知辛い例なのだが、美術は描いているときには打ち手とその結果について、道具を買うときもその性能やコストパフォーマンスについてあれこれと推理力を使うので、脳に良かろうという話である。年齢がいっても続けられるものも多いし、色々な人がもっと活発に、美術方面のことをやったらどうかなーと自分は期待しているのである。

もっとも自分に関して言えば、脳に良いがゆえに自分がそれをやっているという、そういう訳ではないけれど。


# by zelan | 2019-02-15 18:39
2019年 02月 14日

アートと人格

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自分は人は誰でもアートをした方がいい(こういう時は「美術」より「アート」という言葉が合いますね)、というとんでもないことを考えている人間だが、(しかしアイスホッケー狂いの人が「人は誰しもアイスホッケーをすべき」と主張したら即座に断る!冷え性だし運動神経もないし)、アートのいいところの一つに、「人のせいにできない」というのがある。自分の目の前に自力で展開させるささやかな世界の責任は自分自身が担っている。ときたま、100円ショップで買った30センチ定規がやわらか過ぎてカッターで紙を切ろうとしたら定規の方が切れてしまう、という事態が生じた際など人のせいにしたくなるが、基本作品上の成功も失敗も自分のせい。

不用意に人のせいにしない、というのは人が持ちうる人格上の美点のひとつだ。その意味でアートは人格をじわじわと向上させていくための行為でもある。


# by zelan | 2019-02-14 09:33 | 美術について
2019年 02月 11日

目黒学園カルチャースクール 「初めてのコラージュ」講座ご案内

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目黒駅至近目黒学園カルチャースクール2019年4月期で、全6回のコラージュの基礎講座を開催します。
3月に2回体験会を行いますので、ご興味のあります方は是非ご参加ください。

<体験会概要>
日時:3月13日(水) 15:30 – 17:00
   3月27日(水) 15:30 – 17:00

費用:各回 1,782円 (税込)
※コラージュの小品を実作頂きます。

<目黒学園カルチャースクール4月期「初めてのコラージュ」講座概要>
日時:4月~6月(3ヶ月間)
   第2/第4水曜日 15:30 – 17:00
   全6回

費用:16,524円(税込)
※コラージュの歴史や鋏等道具の使い方、素材選びの着眼点、絵具を使った応用技法まで、自分で作品を制作・展開していくための基礎が学べます。

場所は体験会、連続講座共に、目黒学園カルチャースクール第2教室 アンセルモ教会集会室(JR/地下鉄 目黒駅西口徒歩3分)です。
体験会のみの参加、あるいは直接連続講座へのお申込みも可能です。

コラージュは印刷物や写真などから素材を選び、切って組み合わせ新たな作品に仕上げる美術技法です。
描写など鍛錬を必要とする技能を必要とせず気軽に始められるという大きな特徴がある一方で、身の回りにあふれる無限に近い素材から何を選ぶのか、そうして自分の感覚に従ってどんな新しい世界を表現していくのか、長く、楽しく探索を続けていくことのできる技法です。

詳細お問合せ/お申込み:
・目黒学園カルチャースクール 
 https://www.megurogakuen.co.jp/  tel: 03-6417-0031
・本ブログをご覧の方は、当方まで以下メールにてのお問合せも可能です。
 e-mail: info@zelan.jp

(図像 是蘭「入り江」アンティークポストカードにコラージュ)



# by zelan | 2019-02-11 12:56 | セミナー案内
2019年 02月 09日

外部

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具象であれ抽象であれ絵画は常に絵の外にも存在する何かの一部を描いている。なぜなら世界の全体は描けないからだ。このことは頭ではわかっているのだが画面に向かっているとしばしば忘れる。今目に見えているイメージと自分がやっていることと、次の打ち手などに感覚や意識が過集中になっていくためである。

しかしこれは別に絵に限ったことではない。人は自分の行為や感覚に対しかなりの時間過集中ではないか。
今見えていないものも含めて全体視することは一般的に言って人間の性というか習慣に反する。絵を描いている時はだから、この画面の外にある世界とも自分がつながっているように、これは何かの一部なのだとしばしば思い出す必要がある。そして芸術やスポーツなどは、最も純粋な形でこの全体視に関わるものなのだ。



# by zelan | 2019-02-09 21:54 | 絵画
2019年 02月 07日

ドッペルゲンガー揃い踏みに驚愕すの巻

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よく行く近所のスーパーに半年ぐらい前、少々というかかなり手際の悪い中年女性の店員さんが配属された。袋に物を入れる時など入れ方が気になるのか何度も出したり入れたりするので時間がえらくかかる。こちらは最初からSUICAで、と言っているのにそれは必ず忘れられ、決済の段には数秒間お互い無言の微妙な間が訪れると言った具合。
それでもなんだかその方がだんだん手際良くなってきたりするようで(とはいえ普通の人の半分位だ)、それを観察していくうちに自分はそこそこほのぼのとした気持ちになってきて、ちょっと心の中で応援したりしていた。時々元に戻ったように手際が超悪いこともあったが腹も立てずに。

で、今日その同じスーパーに行ってみたらなんとその手際の悪い女性が二人、二つ並んだレジのそれぞれに入っていたのである。というか厳密に言えば彼らの顔は微妙には違っていたのだが、髪型やメガネの具合、顔の丸さ加減、肌の色艶や身長が酷似していてさもドッペルゲンガーなのであった。

自分はびっくり仰天してしまった。一人だと思っていた人間がなんと二人だったのだから。
彼らが双子かどうかは知らないけどとにかくそれぐらい似ている。少し手際が良くなったらまた元に戻ったなどに関心を持っていた自分だったが、単にこの二人を同じ人だと思っていたが故かもしれない。

考えてみたらこの程度の現実識別能力をもって美術というものをやると言うこの状況は、かなりチャレンジングかもしれない。でもだからこそやる価値がある。


# by zelan | 2019-02-07 21:00 | ヘンな話
2019年 02月 06日

Don't think. Feel!

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今日夕食をした中華料理店で化粧室に入ったら、目の前の壁にブルースリーの顔とその下に「考えるな、感じろ」と書いてある紙が・・。思うにこのセリフが放たれた「燃えよドラゴン」の中の一シーンを写真にして貼り付けてあるのだ。正直自分はこの言葉が大好き。実際に手を動かして何かを作っている時、考えることはノイズに過ぎない場合が多い。分かってるけどなかなかやめられないのだが。

一方、もしかしたら「考える」「感じる」と言葉で明確に分けているほどこれらの境目というのははっきりしていないのではないかと思ってもいる。その中間のグレーエリアみたいなものがあり、本当に一番強力なのは考えているようで感じているようで考えているようで感じている、みたいな状態なのではないかと思うのである。
ただしこの時の「考える」とはおそらく言葉を使うような思考ではない。よってこのブルースリーの言葉を自分なりの違う言いざまにするなら、「言葉を使うな、感じろ」ということになるのかもしれない。

ちなみに化粧室を出る時に見たらドアに毛沢東が縄跳びをしている絵が書いてあった。この中華料理店はかなりユニーク。



# by zelan | 2019-02-06 21:15 | 制作心理
2019年 02月 02日

絶対に失敗しない稀有なこと

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やるぞー、と思ってできなくて、あーもうだめできなくていいや、と思うと急にできたりする。

美術やなんかでもその辺りの努力逆転の法則みたいのがしばしば出張ってくることがありなかなかややこしい・・・ということをぼんやり考えていたら、自分がいまだかつてほぼ絶対に失敗せず、一旦実行すれば大体においてうまくやりとげてきた事柄に気がついた。それは「掃除」である。

よくテストの前なんかにめちゃめちゃ部屋が掃除したくなる事があった。自分が思うにこれは成功するか失敗するかわからないことに向かうに際し生じてくる不安を無意識的に抑えようと、掃除という、ほぼ狙って打つことが可能な行為に逃げていたのではないか。

NHK のサラリーマンNEOを たまたま見ていたら、「契約は取れなくても汚れは取れる」と言っていて笑ってしまった。仏教の修行で掃除をするのもこれに関係するのかしら。一生懸命やってもできたりできなかったりすることって多いが、それだと修行できているのかいないのかよくわからんがゆえに・・。

それにしても美術制作方面における努力逆転の法則、この扱いはなかなか噛み応えのある問題のように思う。


# by zelan | 2019-02-02 16:52 | 制作心理
2019年 02月 01日

おじさんのズボンの膝裏のしわが美しい

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夕方電車で座っていて、目の前に立っていたおじさんのズボンの膝の裏側についたしわに目がいく。ベージュの張りのある生地で、その部分だけかなりしわしわになっているのだが、菱形が入り組んだようなそのしわの具合が夕刻の弱まった斜めの光の中でひっそりと際立ち、えらく美しいのであった。

世の人皆美術をしていたらおもしろいことが増えるのぢゃないかしら・・と思うのはこういう時。もちろんそんな世の中、訪れるはずもない。


# by zelan | 2019-02-01 20:44 | 美について
2019年 02月 01日

たわまない支持体 ~ リペルアート(4)

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紙がたわむというのは非常に困るのである、もちろん紙のたわみ自体を表現にするようなものがあってもいいとは思うが通常の作品を作る限りもし紙が絵具や一緒に用いる水などによりうねうねと過度にたわんでいたなら、感覚へのノイズになる。またそれ以前に大抵の場合作りづらい。よって紙のたわみを避けるために水張りをしたり(水張りというのは紙に水を含ませて伸ばして板などに貼り、予めたわみ歪みを避ける処置のこと)あるいはそもそもたわまないカンバスや板を使う。

さて、リペルペーパーであるが(渋谷のウエマツさんで売っている)、この紙は合成樹脂でできており絶対にたわまない。
最初知った時はふ~ん、ていう軽い感想だったが使っていくにつれこれはすごい、と思うようになった。水張りの手間が省けるのは勿論、自分が使っているものは厚み130ミクロンちょいのごく薄いものだが大き目の作品でも巻いて保管できるので省スペースである(しわも寄りにくい)。今考えているのは50号位の作品を木製パネルの上に仮どめして仮縁(ネジなどでパネルに取り付ける簡易な額)を付けるというもので、展示が終れば作品を外して巻いて保管するということ。パネル・仮縁が転用でき省スペース及び経費節減となる。

たわまなくて支持体として使えるものはもちろん塩ビシートなどもあり自分も使ってきたが、風合いや軽さについてはリペルペーパーに軍配が上がる。水分が染み込まず、かといって過度にはじかず、という性質、これも、面白く使っていけるはず。

(図像 是蘭 リペル試作 部分)



# by zelan | 2019-02-01 11:32 | リペルアート