IE9ピン留め

プロ

しばらく前に、ある大使館の主宰する野外のイベントに行って、公園の中で敷物を敷いて食べ物をつまんでいるヨーロッパ人の方々数名を見かけ(つまりは「ピクニック」的光景ということですね)、大いに感心した。
つまり彼らは、ピクニックのプロである、と思ったのだ。

敷物に直に座っても、骨盤から上がしゃきーんと立って、日本人のお花見風に上半身がだらんと猫背になってない。馬に乗る人々というのは(かなり飛躍及び一般化しすぎだが)、自分のからだの下にあるものに余計な加重をかけてはいけないので、肉体は空をめざす。
まあ農耕のために地面を目指したって悪いってことではないけどさ。でも少なくともピクニックという場面に限定すれば、格好よさの点では5万倍くらい彼らに負けてしまう我らではある。

# by zelan | 2012-01-24 22:52 

直下

東大地震研の首都直下型地震4年以内70%の予測に自分もかなりたじろいで知人二名(いずれも男子)に「やよねえ」と感想を漏らした処、ひとりは、「ならばここにはいないこと」といい、ひとりは「その人達今回の震災ずばりあてたとでもいうの?」であった。自分は情報に触れてただいやがっているが、彼らの情報に対するスタンスは明らかに違う。

とはいえ、少なくとも今の処は我々の行動は、移住はしないという点で一致しているのである。

# by zelan | 2012-01-24 22:40 

噛むがわ

人は誰でも、食事などのときどちら側の歯で噛むことが多いかその人なりの癖がある。自分の場合それは左側なのだが、ときたま歯医者に行ったりすると、その後は無意識に逆側で噛んでいる。仮説としては右に歯医者が立っていたこと。
先日もある店のカウンターで知人と食事をしていて、その人のいる右側で噛んでいるのに気づいた。人がいるとそちらの方のからだの何かが作動して、活動が刺激されるのかしらん。
いまのとこたわいない仮説にすぎないけど、自分としては結構興味深く思っている。

# by zelan | 2012-01-18 21:24 

クリオネ

最近クリオネという存在が気になっている。海の中でぷかぷか浮いている、天使っぽい形のあれ。
「クリオネの寿命」というものがなぜか突然知りたくなり、ネットで見たらここでは書きがたいような(というか書くのが惜しいような)きてれつな情報がいっぱい出ていて、実は、「生死を見分けるのが困難である」という事実も知った。

というリサーチをした翌日のこと。知人と自由が丘を歩いてたら、そのものずばり「クリオネ」という会社があってびっくりした。音響システムの会社なんだって。

# by zelan | 2012-01-12 20:47 

美術

美術って不思議だ。それは世界の片隅で地味に地道に、自分とはさほどの関係もなくうごめいているようにしか感じない人も多いのかもしれないが(だから災厄のときなど「何の役に立つ・・」という議論も出てくるわけだ。自分はそんな問いが頭に浮かんだことは一瞬もない。だいたい、役に立つ立たないは時間軸というものがあって、美術が今日一日なくても誰も困らないだろうが、例えば一年なかったら、かなりの人が結構困るはず)、実際は、森羅万象が、あるいはその原理が、その中で厳密な道理に沿って運動している、そういうことが純粋な形であらわれている稀有な存在のひとつであるように自分には思える。
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# by zelan | 2012-01-05 18:45 

マイク

先日あるライブに行ったら、音を取るために何本もさまざまな場所に並んでいるマイクの配置が実に印象的だった。そこにはしばしば行っているのだけれど、いつもより明らかに美しい。主催者に感想を述べたら、演奏するグループがヨーロッパから連れてきたエンジニアが配置したということで、つまりは普段とは並べる人が違っていたのである。

ものみなたましいが宿りそれは伝染する。触れたものにいいものが伝わる場合、伝えた主体のいいものが、伝わるのだ。美術にも本質的にはこの原理が利用されていると思う。
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# by zelan | 2012-01-02 00:46 

どこに

サンセールは好きなワインだ。この地方の土壌には貝がらが含まれていると最近知人に聞いた。だから、サンセールには少し貝がらのような香味がある。

どこに生きているのか、っていうのは、重要だ、ということ。

# by zelan | 2011-12-31 21:18 

お犬のフレキシビリティー

うちのチワワは、スワレ、フセなどお犬の一般教養的なものを始め、数えてみると16個ほど私の言葉を理解する。中にはオヤスミ(というと自分のざぶとんに行く)とか、アウト/ハウス(前者は今いるところから何かの境界を超えて向こう側に移動すること、例えば隣の部屋に行くとか。ハウスはその逆で向こうからこっちにくる。)という比較的複雑な意味内容を持つものもある。

先日思い立って実験した。スワレという同じイントネーションで別の言葉を言ってみる。「ピラメ」とか。これはばっちりほぼ即座に座る。「ピラーメ」と言っても若干とまどうものの座る。等々と色々な言葉を言ってみて相当フレキシブルに判断し座ってくれるのがわかった。

音節の数やイントネーションの、ある範囲での相似性がそうさせるのか。
というのは実はまちがった仮説だった。じっと目をみつめても、座るのである。

犬が人間から読んでいる情報は、単純ではない。それは彼女がそのとき私に対して持っている期待や願望とも関連してるのだろう(何かくれそうだ、とか)。人間だって身体言語の解釈能力は相当のものだけれど、言葉がそれをむしろ邪魔している感じがする。芸術は表現しているものをはっきり言わない。いいものって、大声で叫んでいるのに何言ってるのかわからない感じがする。そこがおもしろい。

# by zelan | 2011-12-26 19:37 

まちがう

クリスマスイブという自分にはなんの関係もないものを忘れていたが故に、えらく失敗してしまった。エスパス・ルイヴィトンでやっている展示が終わるので見に行ったのだが、原宿から表参道に向かうあたりの道が超々人ごみで1メートル進むのに30秒くらいかかる。人は多かれ少なかれ、人と同じ行動を取るということを甘く見ていた自分に対し、少々反省モードに、入る。

# by zelan | 2011-12-25 01:48 

求める

個々の芸術作品が豊かであらねばならないのは言うまでもないけれど、そこには一種の貧しさがあることも必須だ。つまり絞りに絞るということ。貧しさの極致が豊かさに転じる、その一瞬を皆血道をあげて追い求めている。
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# by zelan | 2011-12-23 23:05 

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