原初のキス

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2017年 09月 11日

完璧主義のウソ

ふと気づくともう結構な期間(2か月位)、反応の鈍くなった光学マウスのマウスパッドをA4コピー用紙を半分に折ったもので代用している自分である。マウスの鈍りをこの紙で補えるものかどうか科学的には今一つわからないのだが、実験してみた結果、直に机の上で動かしているよりましなのでそうしている。そう、そもそもマウスパッド自体、目障りなので使ったことがないのだ。

こういう経緯を顧みるに、人からそう見えるかどうかはともかく自称完璧主義の自分の割に、随分とラフな話である。という訳で「完璧」主義ほど完璧からほど遠い人種はいないというのが、目下の結論。

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# by zelan | 2017-09-11 01:02
2017年 09月 07日

親切というもの

親切というかその心持ちというものはすばらしいと、自分はかねがね思っている。

真冬の頃レストランで知人と食事をし、終って帰ろうとコートをはおると、「外は寒いから今ここでボタンをしめていった方がいいよ」と言われた。

ひとりひとりがこのようであれば世界に戦争はないが、そうでないところがとても哀しい。

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# by zelan | 2017-09-07 00:18
2017年 08月 18日

自分にはいらない

ネットのプッシュ広告で、美容関連のものが出てくることが多くて、「XX代、それなのにモチ肌」とかサプリなど強力に勧められるが、できればやめて頂きたいものである。自分は美容に関して方針があるし(サプリは絶対飲まないとか)、美容上の疑問ははっきりしている(朝夕ともにダブル洗顔すべきか否か、等・・)、いわばヘタに迷ってはいないので、自らなんとかできるのだ。そういう意味では広告って、自分がぼんやりしているものについて効力を発するということなのね。
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# by zelan | 2017-08-18 00:23
2017年 08月 11日

衝撃!

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外国人の書いたタイポグラフィーの本を読んでたら、最近はピリオドの後にスペースを2個置くのはとんでもなく古臭い形式で(機械式タイプライター時代並に遅れてる感じ)、1個にするのだ!と書いてあって衝撃を受けた。

もしデザイナーだったらまかり間違えば職を失う位ダサいことらしい。ところが自分はこれまで何の疑問もなく2個派で、1個の人を見ると、たとえそれが英語圏ネイティブの人であっても、「教養のない人」とか思ってたのである。私に内心教養のない人と思われた人々にちょっと謝りたい気分だ.


日本人の皆様は今現在、何個派が多いのかしら・・・。


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# by zelan | 2017-08-11 23:29
2017年 07月 29日

本日の寒月くん

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大体において、自分がそこそこの事件だと思っても人はそうは思わない。
その類の事件が昨夜起きた。下の前歯の裏側が少し欠けてしまったのだ。
夏目漱石の「猫」の寒月くんは確か椎茸で歯を欠いたが、平成の世に生きている自分の場合は、その原因はカクテルの中に入っていたパッションフルーツの堅い種であった。スコッチバーでスコッチを飲まなかったバチかしらん・・・。

表からは見えないが気になるので今日、近所の行ったことのない歯医者に走る(こういう時にわざわざ、「新しい歯医者を開拓してやろう」と試みるのは単なる好奇心)。レントゲンを撮ると言われたが断り(だっていやなんだもの)診てもらうと欠けているのはエナメル質の一部だけで、少し詰めれば直るがまた欠ける可能性もあると医者は言う。また、そこはそういうちょこっとしたことを単独ではやらないそうで、歯の健康状態を全体として底上げするという壮大な志の場所だったことがわかり、結局のところ前行った歯医者の方に行くことになった。

さて、こちらの歯医者さんはレントゲンを撮らない。また、欠けたところをちょっと丸めるだけでよいという。詰めても取れるかもしれないし、詰める時土台を少し削ることになるので自分の歯の厚みが少し減ってしまうとか。ミニマリストである私はこの方針がえらく気に入り、そのようにして頂いた。

しかし丸めたといっても多少は角があり、舌があたると気にならないでもない。
そこでふと思い出したのだが、健康や美容に良い、舌の先端の正しい位置というのは前歯のすぐ後ろの歯茎だ。舌が下がるとやな感じがするのだから、これは天然のアラーム機能が自分に仕込まれたようなものではないか。

トクした。

一方、金輪際パッションフルーツには近づかないぞ!と内心思っているのだから、一種の負け惜しみなのかもしれない。でも何か創っていて派手に失敗したときも、この負け惜しみ根性は経験的にはかな~り役に立つのだ。まあ役に立つ位結構頻繁に、負けている、ということだけど。


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# by zelan | 2017-07-29 19:59
2017年 07月 27日

愛とその他

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違法関係のことをしたらしい教育関係の方とその奥さんのやりとりがワイドショーやニュースで放映されることがあり、自分の眼はいつだって画面に釘づけになる。彼らが互いに深い愛と思いやりを持っていることがあまりに明らかで、もうほとんど「ベストカップル賞」受賞確実的な状況にしか見えないところがほほえましくつい見入ってしまうのだ。

ところが一方、犯罪関係のことが頭をよぎり、ほほえましく思ってはいけないような気がして、なんだか混乱してしまう。愛とその他は別なんだから、ここで混乱する必要もないように思うが、なぜか一種の奇妙な倫理観というか美意識が、ほほえましく思うことにブレーキをかけようとするのである。私は比較的理屈で考える方だが、ここらへんの内的な理屈は自分でもよくわからない。

ん?もしかしたら、「愛とはあらゆる意味で完全なものでなければならない」と思っていたりするのかな・・・。

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# by zelan | 2017-07-27 23:13
2017年 07月 26日

続「パンダの名前」

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いよいよ近々、パンダの名前 の公募が始まる。それについて知人とまた話す機会があり、先に話し合った案のひとつであるところの「いちまつ」を応募してみようかと思ったが、ふと考えてみたら自分はその母親の名前を知らないのであった。
で、調べたら彼女は「シンシン」(ちなみに父親は「リーリー」)。自分が小学生の頃から数十年たった今も相も変わらず「くりかえし系」のコンセプトが貫かれているのはある意味すごい。ならば「いちまつ」でもうそろそろこのコンセプトから脱却してもいいのではないかなー。ここは日本なのだから日本生まれのパンダを和風の名前にするのも文化的アフォーダンスが図られてよいと思ふし。

問題は「いちまつ」が男の子っぽくて女の子っぽくないところである、という指摘を発案者であるところの知人にしたら、「ぢゃ、”ひめいちまつ”。」ということであった。パンダの名前というよりも、かなり日本酒の名前に近づいた・・・。

応募するか否かは未定だが、いずれにせよこうしてこの子は「しろんちょ」から「ひめいちまつ」ということに、自分の中でなりつつある今日このごろである。







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# by zelan | 2017-07-26 00:08
2017年 07月 23日

自動販売機の中身に驚くの巻

先日渋谷駅のホームで、電車が来る前に漫然と飲み物の自動販売機の売り物を見ていた私は、ソレを発見して愕然とした。「シュークリーム味」のジュースだ。なんとかいう有名な菓子屋だかパティシエさんだかがフィーチャーされていたような気がするが、いずれにせよシュークリーム味は衝撃である。
これが「塩キャラメル味」ならここまで驚かないような気がする(もう既にあるかもしれない)。キャラメルは舐めれば結局の処速やかに液体になるからだろうか。大体シュークリーム味といいつつ、もしかしたらカスタードクリーム味じゃないのかしら・・・こっちの方が若干ではあるが違和感が減じる。

買ってみて皮の方の味ゼロだったら自分の仮説の正しさが立証されるが、そうはしなかった。しかしそれから自動販売機の中のラインナップがこれまで以上に気になるようになった。駅のホームで自販機の前に立ち、買いもせずじろじろと中身を見ている女性がいたら、それは私である。

つまりは、コンテンポラリーアートならずとも、何か構造崩しの驚きで楽しませてほしい、と期待している訳だ。
味については比較的コンサバなので、買わないとは思うけど。

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# by zelan | 2017-07-23 15:19
2017年 07月 15日

「修整」なんてワークしない

絵を描いていて時々、というか非常に頻繁に入ってしまう迷い道の一つに、「欠点を直そうとしてハマる」というのがある。修正はほんの微細な細部については功を奏することが少なくないが、構造自体とか大きな流れを変えたいという欲望に対しては、経験的にはあまりに無力なのだ。

握った寿司がまずかったからといって、ネタを煮てみたり炙ってみたりしてもとのシャリの上にのせ結局のところネタがへたってしまいまずい寿司を作る、というのに少し近い。いぢくるよりはいっそ即座にシャリごとチーズとベシャメルソースをのっけてオーブンに入れ海鮮グラタンにするか、とりあえず自分が食べるのはあきらめて飼い猫の餌として供する、というのが正しいやり口かも。
もっといいのは、「まずい」という判断を少しだけ保留して、「おいしいところはどこかしら」と考えそこを伸ばす方策を考えることである。

いずれにせよ元々構想した寿司にはなかなかならないけど・・・。ん~、ていうか、「寿司」の比喩はイマイチだったかなー。


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# by zelan | 2017-07-15 23:25
2017年 07月 15日

朝の掃除と因果律

前に書いた通り自分は毎朝床をウェットシートで掃除しているのだが、さすがに毎日なのでシートがひどく汚れるということはない。しかしそれでも日によって明度の差が結構あり、即ち、シートは白だが家中拭いても真っ白のままということはないし、真っ黒もまたなくて、白から黒に至る中間の灰色に5段階あるとすれば、白により近い2もあれば、黒よりの4もある。

毎日そういう変化を見ているうちに、かなり繊細にその変化の「理由」が特定できるようになった。たまたま前日時間がなくてこのルーチンを飛ばした、というときはもちろんより黒っぽくなるし、気候が良くて長めに窓を開けていたら翌朝普段より黒くてびっくりするとか(都会においては「換気」と言っても汚れるのだ)。床を毎日拭いていることをいいことに3日ぶりに掃除機をかけてみると、翌朝いつもより汚れが少ない、というのもある。やたら黒っぽくなっていて、前日作品をつぶして支持体を再生しようとして表面をサンディングしたことなどを思い出したこともあったっけ。昨今経験を積んでグレースケールの移動理由がほぼ確実に認識できるようになっている自分は、仏教を持ちだすまでもなく、綿密なる因果法則の結果が日々10センチ×30センチ程度の紙製シートの上にみっちみちに展開しているのを見て、少しばかり頭がくらくらしてくるのであった。

これなんてまだ比較的単純な例だけど、つまり何かをすれば何かが起こり、何かをしなければ起こらない結果もまたあり、これらが組み合わさって厳密至極にこの世はなりたっている。ウェットシートのグレースケールなら因果の因の方の想定がめちゃ難しいという程ではないが、現実の事象はもっとずっと、難しいはず。(何かやりたいことがあるとして、果を変えたければ因を変える必要があるのだから、因の仮説や検証はとても大事なのに、だ。)
個々の事象においてこれだけ繊細に変化しているものを手あたり次第に認識というものの相手にしていたら、家の中から一歩も外にでない人生を送るとしても5万回は生まれ変わる必要があるだろう。

で、ウェットシートの教えてくれた自分にとっての教訓。
優先順位ってやっぱり重要。(なんだかビジネス書みたい。)











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# by zelan | 2017-07-15 15:08