原初のキス

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2017年 11月 21日

一杯の水

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今朝興味深い夢を見た。

どこの国かはわからないが、ゴージャスなホテルの明るい部屋で、一人目が覚める。高層階で、一面が大きな窓になっていて都会的な風景が眼下に拡がり、えらく開放感がある。自分が今身を起こしたベッドはクイーンサイズで、色とりどりの植物の葉がモチーフになったベッドカバーらしきものがその上でくしゃくしゃっとなっているのだが、カバーと自分(因みに何も着ていない。もちろん普段はなにがしか着て寝ているが・・)の体の少しの隙間に、なぜか綺麗なコップに入った綺麗な水が置いてあるのである。

「一晩ここで寝ててよく倒れなかったものだなー」と感心しているという、そういう夢。

可能性(というものに対する認識)は年齢と共に、あるいは色々なことを試行錯誤するうちに微妙に減っていってしまうような気がするが、そうでもないのではないの、真実はどこにあるの、とこの夢は問うているような気がする。

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# by zelan | 2017-11-21 21:02
2017年 11月 21日

わからない

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世の中わからないことが多い、と思う。
年を取ると若干知恵もついてきて、物事更に考えるようになり返ってわからないことが増える、という現象もあるようだ。

と、えらそうなまえふりをすることもないが、自分は大学はフランス語で美術でないので、常時「勉強がかなり足りないのではないか」という不安がある(ちなみにフランス語は使う機会がないのでほぼ忘れ、ちょっと抹殺したい系の過去になりつつある)。そういう私に美術関係で「もっと勉強しろ!」と声を大にして言う方々がいる一方、「勉強なんてするな!感覚で動け!!」と前者を圧倒する位の迫力で言う方々がまたいるのだ。それだけでも混乱するのに、時に同じ人が別の機会には逆のことを平気で言う。勉強すべきか否か、いったいどっちなんだ・・。

こういう時、「必要になった勉強を適時していけばいいのである」と結論づけるのは簡単だけど、それではあまりおもしろくない。「勉強派」と「非勉強派」の両方を自分の中で飼って、いっそ実証的に戦わせてみよう、と思っている。


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# by zelan | 2017-11-21 20:44
2017年 11月 11日

めづらしく集めている(その13)

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以前このブログで、自分の気に入った名言を記事にしていた。それを再開してみる。

再開といいつつ、一回目を再録。

Prevent the things you have been doing and you are half way home.

噛むだに味の出てくるいい言葉だと思うが、いい言葉に感じるのは耳が痛いということでもある。
先程も、床の上のちょっとしたほこりが気になり、本日二回目の家中の掃除をしてしまった。掃除は一日一回か、望むらくは2日に一回、理想的には1週間に一回でよろしい(それで重大な実害がないことはほぼ断言できる)。
多少汚れててもいいはず・・・他にたくさんやることがあるのだから。

習慣や性格や行動を変えるのはすごく難しい。でもそのことを完全にあきらめるのはやめておこう。
上述の簡潔な言葉は、改めてそう思わせてくれる。





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# by zelan | 2017-11-11 16:09
2017年 11月 07日

生命

描かれつつある絵というのは生命体のようなふるまいをする。実際、過程を映像によって記録すれば、文字通り動くのだ。何かを変えたり壊したり加えたりしている制作者が映っていなければさらに、自律的な生き物のようにしか見えないだろう。

描き終えられた絵というのは従って剥製に近い、あるいは一種の「写真」というべきか。運動の場としての機能を失い、時が固定されてしまった単なる表面と化す。たとえその下層にある時間はうっすらと透けて見えるとしても。

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# by zelan | 2017-11-07 15:37
2017年 10月 22日

絵画は続く

絵画が終ったとか終わるとかいう議論はもう随分と昔からあるが、終わるわけない、とはっきり思うのである。
自分の定義によれば絵画とは人間の意識の転写、即ち外在化したものである。意識がある限り、そしてそれを外に表出したいと思う限り(これはヒトという存在の条件でもある)、終わらない。テクノロジーだの社会・政治情勢だのの変化はエンドレスだから、それに反応し続ける意識は色々と少なくとも表向きの変遷を遂げる。つまり論理的に言って絵画は終わらないはず。

別に絵じゃなくってもクリエイティブなものは多かれ少なかれ意識の転写ぢゃん、と言われればそうだけど、特にアナログの絵は物理的に可変性のある簡単に言えば流動的なるものを何かにすりつけたりして固着させるということにより成り立っており、この流動性と意識の類似性が高いが故に、意識の転写技法としてはかなり原初的なものであると思うのである。技法としての純度が高く、だからこそ、そう簡単に終わらないはずだ。

ところで、私が描画のツールとして筆を殆ど使わず、スキージとかせいぜいペインティングナイフとかを使うのみであるのは、この認識に関係がある。自分てば意識にせよ肉体にせよ、かなーりゆるゆるなものだ(つまり定位してない、常に動いているということですね)、ゆるゆるぐだぐだなものを、細い棒の先にふさふさのやらかいものがついてる道具(つまり筆)という、その長い柄ゆえにこっちの動きがてこの原理でもって簡単に何倍にも増幅されちゃうようなものでもって「転写」したくない、と思うのである。そこで「正確さ」を狙うのはかなり難しいではないか。スキージやペインティングナイフは自分の中心、言ってみれば骨格と結構ダイレクトに動きを連動させることができる、でも筆となるとそうはいかないよ・・・。

ん?ではなぜ多くの人が筆で絵を描くのかな?それはゆるゆるの自分にゆるゆるのツールをつなげる方が、ゆるゆる度合いをより繊細に画面上の出力に向けて制御することを要し、それができるようになったあかつきにはゆるゆるのしかるべき増幅によって真の人間存在たるものを豊かに描けるようになるからかしら・・・?

絵画が終るか終わらないかより、自分にはそっちの方がよほど興味深い問いのような気がする。


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# by zelan | 2017-10-22 22:04
2017年 10月 21日

検索語はこれで決まり!

絵を描いていて困った状況になると、ネットで検索して解決策のヒントが得られることがあるので便利なのだけれど、昨今の問題としては絵と言っても即ちデジタルで作成するものに関する情報がやたらめったら多く、その中から「アナログ画」の情報を見つけ出すのに苦労する、というのがある。

これには正直かなり辟易していたのだが今日それを突破するノウハウを見つけた。自分が解決したい課題、例として「明度のメリハリ」(初歩的だなあ・・)の脇に、「油絵」と入れて検索するのである。私の描いているのはアクリル画だが、かなり共通する技法・ノウハウがあるため取り急ぎ問題ない。ぢゃ、「アクリル絵画」とか入れればいいのでは・・?と思われるかもしれないが、デジタル画は出力後にアクリル絵具等を併用することがあるのか純粋なアナログ画に関する情報が検索されないことがままある。で、「油絵」と入れるとキッパリ分別される訳。

これを思いついた自分、冴えている・・・と、本日密かに悦に入った。人から褒められることが仮に少なくても、自分で自分を褒めればそれなりに楽しい。これも結構ノウハウなのかもしれない。




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# by zelan | 2017-10-21 21:31
2017年 10月 01日

細い線を描くならば・・・

前回の投稿に書いた同じ知人が、「細い線を描くならば、太い線を描いてそれを狭めていくのである!」とまたも断言している。
ん~、確かにそれは真実かも。少なくとも経験的に、彼の言っていることは、わかる。細い線を一発で武道的に描く方法もあるしワークするだろうけど、まず太くして細くする方が、一発描きに比べ薄味になるリスクは少ない。と言っても描いている当人の性格や制作上の企図がどっちに向いてるか、という要素も大きいが・・・。

絵を描いてるとどんどん絵を描かない人の認識からずれていくというか普通の人があまり考えない方面にいきそうな気がするが、しかし一方で、意外に昨今のビジネス書に書いてあるようなノウハウや知恵に、近いのかもとも思う。

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# by zelan | 2017-10-01 22:58
2017年 09月 26日

三角を描くならば・・・

絵を描いていて試行錯誤していると時々、「自分、神様から見放されてるかも・・・」と思う時があるが、無神論者なのでこの場合私にとっての神とは、「なんかまだ自分の知らない作画上の心理的あるいは技術的な真実」といったものである。
つまり、どこかの本やネットや未知の師に、自分の今のなかなか突破できない悩み事に関するものすごいノウハウがあって、それを知りさえすればいきなりスッキリとうまくいくのではないか・・とか。

書いているだにくだらない思惑ではあるけれど、絵を描く知り合いと話していて、「三角を描こうとしてまず三角から描き始めるからダメなんだ、丸や四角を描いてそれを三角にしていくと、最終的にかっこいい三角になるんである!」と力説され、深く納得した。これって結構なノウハウぢゃないかしらん。

まあ彼は「女を描くならまず男を描いて・・」とかも言ったけど。こっちはここまで言い切れるかなあ・・ちょっと疑問。




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# by zelan | 2017-09-26 23:33
2017年 09月 11日

完璧主義のウソ

ふと気づくともう結構な期間(2か月位)、反応の鈍くなった光学マウスのマウスパッドをA4コピー用紙を半分に折ったもので代用している自分である。マウスの鈍りをこの紙で補えるものかどうか科学的には今一つわからないのだが、実験してみた結果、直に机の上で動かしているよりましなのでそうしている。そう、そもそもマウスパッド自体、目障りなので使ったことがないのだ。

こういう経緯を顧みるに、人からそう見えるかどうかはともかく自称完璧主義の自分の割に、随分とラフな話である。という訳で「完璧」主義ほど完璧からほど遠い人種はいないというのが、目下の結論。

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# by zelan | 2017-09-11 01:02
2017年 09月 07日

親切というもの

親切というかその心持ちというものはすばらしいと、自分はかねがね思っている。

真冬の頃レストランで知人と食事をし、終って帰ろうとコートをはおると、「外は寒いから今ここでボタンをしめていった方がいいよ」と言われた。

ひとりひとりがこのようであれば世界に戦争はないが、そうでないところがとても哀しい。

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# by zelan | 2017-09-07 00:18